91、
いつの間にか、2月も終わりを迎えていた。
早い。
まぁ、1年で最も短い月であるからしょうがないのだけど。
あれから、セラ君は忙しいのかメールも来なくなった。
完全に暇を持て余していて、自宅でゴロゴロしていた。
そんな時だった。
家のチャイムが鳴った。
それと同時にバカ大智(弟)が駆けて玄関に向かった。
「いらっしゃいませ!」
やけにいい声がこっちにまで飛んできた。
家庭教師とか、そこらへんでも呼んだのだろうか。
どっちにしろ、私には関係ない。
はずだった。
「お邪魔します」
それはできれば会いたくないやつナンバーワンの、真っ黒い男だった。
「なんで!!?」
居間でみっともない格好していた私は飛び起きあがりその姿を見て指さしたり
「なんでって、大智に呼ばれたんだ。ギター教えてくれって」
「へ、へーん! 大学受かったからオヤジ、ギター買ってくれたんだよ!」
「それ! 聞いてない!」
「秘密だしー。行こ? やりたくてウズウズしてんだ!」
「よし、やるか」
2人は階段を上り、バカの部屋に篭った。
それにしても、いつの間に大学に受かったんだろう。
しかも、どこ?
なにも知らない。
知らなすぎてむしろ恐怖だった。
それに、なんでアイツが来てんのかわからないし、そもそもなんで来てんの?
あれ?
私じゃないと連絡とれないんじゃないの?
ん?
いつの間に??
考えるだけ意味がわからないし、なにもわからない。
つまらなかったニュース番組を消して、私は彼らのいる部屋へと向かった。
別に、寂しいとかじゃなくてね。
その部屋には、確かにギターが2本あり、大きな箱と言うのか、アンプがコンセントに繋がれてど真ん中に腰を据えていた。
「お、いいやつ買ってもらったな」
「へへ! 美晴のと一緒のやつがよかったからさ」
いつの間に呼べ捨てにできる仲になったのか。
ホントに意味がわからない。
「ってか、なんで来たの?」
マフラーを外しながら私を見て言うアイツ。
「あんたの監視よ、かんし!」
「あぁ、だったらお茶とお菓子頂戴」
図々しい。
くそ図々しい。
なんかさっきっから自分言葉悪い気がする。
「わかったわよ! なにがいい!?」
「うーーん。煎餅?」
ここはポテトチップスとかじゃないの??
コイツお婆ちゃん子??
「はいはい!」
扉をバタンと閉めて、お煎餅とお茶を取りに行く。
たまたま未開封のファミリーパックとやらがあったのでそれと、私の愛情篭った、最近ではできのいい紅茶を持って再びバカの部屋に向かった。
「っで、ここを、こうで……、そうそう。1弦弾かないで、そうそれ」
なんか、まともにやってる。
まだアンプに繋がれていないギターたちはお互いを睨み合いながら、自らを美しい音色で弾いてくれるご主人様を見せあっているようだった。
「はい、持ってきたよ」
「おっ! センキュー」
近くにカップを置いて、私は先に一口飲んだ。
うん。美味しい。
「ってか、煎餅に紅茶?」
「これしかないし」
「そっか」
折角入れてやったのに文句か?
まぁ、確かに合わないけど。
私は静かにそれを見ていた。
たまに紅茶を啜り、たまにお煎餅をかじりながら、つまらないニュースを見ているよりはるかに楽しそうなそれを見ていた。
どうやらある程度のコードを覚えたようで、みずから簡単な曲なら弾けるようになったらしい。
「やった!」
「頑張ったな」
そういう美晴は窓の外を見ると、そろそろ日が暮れてしまう時間だった。
「今何時?」
私は部屋にある時計を見ると、4時を軽く過ぎていた。
「4時だよ」
「うわ! まじかよ!! これからカジに会いに行かなきゃいけないんだよ」
いや、それは知らないよ。
彼は急いで片付けて、荷物を持つ。
「んじゃ! 紅茶上手かったぞ! ありがとな」
と言い残して足早に出ていった。
「ねぇ、姉ちゃん。邪魔だから出てってくれない」
「わかってるわよ!」
まだ残ってる紅茶を持って部屋から出ていく。
外でバイクのエンジン音が聞こえたと思ったら直ぐに発車したようだ。
溜め息をついて階段を降りる。
なんで、こんなにドキドキしてるんだろう。




