89、
暇な日々が続いた。
本を読む日々。
ある日、推理ものの小説を読んでいたら喫茶店と言う言葉が出てきたので、あそこに行きたいと思い行くことにした。
カランカランと軽い音を鳴らしてドアを開けるとコーヒーの香りが店内の暖かさと共に肌を撫でた。
店内には何の変わりなく、皐月さんと土門さんが話をしていた。
今日は、昨日作ったクリームブリュレがなんたらと言う話をしている。
店内に足を踏み入れ、冷えた体を震わせた。
「お久しぶりです」
「あ、時雨ちゃんじゃん! 元気だった?」
いつもの座る場所に行って荷物を置いてコートを脱ぐ。
「ずっと本読んでいたので、元気ではありますよ」
「そっかー。あたしは見ての通り元気やで! ほら! おいっち、にのー、さん!!」
急に立ち上がり、ラジオ体操を始めた。
苦笑いで見ていたら、
「お、時雨ちゃんも、十分元気やな」
と返された。
2人同時に座ると、土門さんがいつの間にか作っていた紅茶を私の前に置いてくれていた。
「それにしても、お前がそんなお洒落なデザート作るんだな」
「ええやないか。早目のバレンタインやで? ありがたく貰うのが男やろ?」
「いや、ありがたいよ」
「せやろ?」
「あぁ、ありがとよ。後で食わせてもらうよ」
「美味しい言いながらたべやー」
そんな会話を聞きながら紅茶を飲むと冷えた体が芯から暖まるようだった。
「そういえば時雨ちゃん。セラのライブ行くの?」
あれ?
セラ君、みんな行くとか言ってなかったっけ?
「行きますよ。チケット貰いましたし」
「え!? まじか? 貰ってへんで!?」
「オレもだ」
なんでだ?
なんで、私だけ?
そんな。
まさか……。
「ったく、あのやろう、次会ったらシバいてやろかね?」
皐月さんは手の指をボキボキと鳴らす。
あはは、かなり怖い。
「まぁ、あたしはみんな揃ってない所には行かへんけどね」
「オレもここの仕事もあるからなぁ」
2人とも各々の理由で行けなさそうだ。
ってことは、私1人で行くのか?
「はぁ、なんか面白い事起きないかなぁ。時雨ちゃんに赤ちゃん出来たとかさ」
かなりの不謹慎発言に、私は体をびくつかせた。
「なにバカなこと言ってんですか! 怒りますよ!」
「いやいや、怒ってるって時雨ちゃん」
私はプイっと顔を背けた。
その時にカランカランと軽い音が鳴り響いた。
私は思わずそっちを見る。
カツンカツンと革靴が音を響かせる。
「美晴……?」
私は小さく首を傾げると彼は片手を上げて、軽々しく、よっと呟いた。
「あら、修羅場的な?」
少しだけ楽しそうな皐月の声に溜息を吐いた。
「土門、コーヒー」
「おうよ」
そんな気持ちも無視して入口に近いカウンターに座った。
「たまたま出会っただけだ。なにも乞わないし、それ以上を望まないよ」
私の気持ちを察してかそう呟く。
土門さんや皐月さんには何のことか、わかるはずもなかった。
彼が、暇潰しか仕事かわからないが、スマホをポケットから出した瞬間、私はキーホルダーに目が行った。
あの、ピンクのぬいぐるみ。
欲しかった、クレーンゲームの景品。
思わずそれを見ていたら、彼はそれを外し私に向かって投げてきた。
上手く取ると同時に疑問をぶつけた。
「なんで?」
それだけで通じるのかわからなかった。
これは、前にセラ君に欲しいと言っただけ。
他の人は知らない。
もし、あの時の黒が本当に彼なら、何故追ってきていたのか。
そんな疑問がたった一言で出てきた。
「たまたまだ。たまたまあそこにいて、たまたまみつけて、たまたま取れた。それだけだ」
出てきたコーヒーを飲むと彼は新聞を開いた。
「あり……がとう……」
「どういたしまして」
疑心暗鬼、
いや、深く考えすぎだ。
そう、ホントにたまたまだ。
そういうことにしておこう。
ピンクのぬいぐるみを携帯に付けて振ってみた。
プランプランと情けなく揺れる。
あまりの可愛さに思わず笑ってしまい、足をバタバタと動かしてみた。
気分がいい。
こんな、適当なプレゼントなのに、すごく嬉しかった。
「なんやなんや? 仲直りしたんか?」
急に我に戻され、皐月さんを見た。
なんか、嫌に緩みまくった顔が意外と近くにあるので引いてしまった。
「ち、違いますよ。まだかなり怒ってます」
「うん。許してくれない」
「許してくれないとかお前何様だ」
と土門さんが大爆笑するのでさすがにムカついた。
「土門さん! 怒りますよ!」
「いやぁ、もう怒ってるで」
「皐月さんまで!!」
「しゃぁない。面白いんだよ」
「しょうがなくありません!!」
数十分くらいそうやってネタにされ続けた。