88、
その現状に気付いた私は彼を突き飛ばして口を手で隠した。
「あはは、ごめん。我慢できなくて」
「いや、あの……」
何故か嫌悪感があった。
嫌だった。
そんなこと知らない機械は右を示して、そっちで落書きを行ってくださいと言っていた。
私は彼の顔を見ないようコートを着て荷物を持った。
このまま逃げてもよかった。
ただ、物凄く落ち込んでいる彼を見たらそんな気にはなれなかった。
気まずい空気があるなか、狭い落書きルームで適当に落書きを始めていた。
その時に、印刷するプリを選べるらしく、もちろんの如くそのキスプリを排除した。
落書きもちょちょいと終わらせ、出てきたプリを分ける。
手帳に挟んでプリクラエリアから出る。
「ごめんね」
まだ怒っているとでも思っているのだろうか。
始めから怒っている訳ではないけど、突き飛ばしたのが思ったより効果が大きかったようだ。
「じゃぁ、もうあんなこと急にしないでね。約束できるなら許すよ」
「うん、わかった!」
その言葉と共に一歩後ろを歩いていた彼が真横に来た。
彼はにっかりと顔を華やかに輝かせた。
私は苦笑いを浮かべて視線を移した。
たまたま歩いていたのはあのぬいぐるみのクレーンゲームがある場所だった。
セラ君が狙っていた、私の欲しかった彼は居るのだろうかと見てみたら、そこにはそのピンクの姿がなかった。
誰かに取られた。
おかしな表現だ。
別に、狙っていただけで、私のものではないのに。
今度は止まることなく、ゲームセンターから出た。
さほど何もしていないが、外はもう夕焼け空であった。
腕時計を見ると4時を過ぎたくらいであった。
日が暮れるのがはやい。
上を向いて息を吐くとその道筋が白く霞んだ。
「寒いね。雪が降りそうだ」
私は、そうだねと小さく呟いた。
「もう2月だって言うのに、ホントに寒いよ」
セラ君は何歩か進んで行った。
「ねぇ、時雨ちゃん。また、遊ぼうね」
私は視線を下ろして彼を見る。
北風が吹くと彼は手をコートのポケットに入れる。
風に煽られるマフラーを無視して顔だけこっちを向いた。
「帰ろ。お腹空いちゃった」
「うん」
私は小走りに追いかけて、肩を並べると歩きに変える。
帰り道、彼は私の顔を見なかった。
やはり罪悪感なのだろうか。
会話はしても、なにか素っ気ないところがあった。
駅で別れてそのまま帰宅した。
お風呂に浸かっていて、ひたすらに彼のそのことを不思議に思っていた。
ふと気になる唇に触れ、口までお風呂に浸かった。
今までのセラ君ではなかった。
普通に見せているようで、不安が合間見えていた。
もしかして、ソロとしてやることがまだ怖いのでは無いだろうか。
そんな気がした。