86、
更衣室には何故か大きな鏡が置かれていた。
まぁ女性が多いのだから、このくらい置いてあってもおかしくないだろう。
「さ、そこに座って」
促されるまま、私は丸椅子に座った。
「えぇっと。適当でいいかしら?」
「はい。セラ君が気が済めばいいと思うので」
「だよね」
髪をピンで上げられ、乳液と化粧水を顔に浸透させる。
「お肌綺麗ね。ちゃんと手入れはしてるみたいね」
「さすがに女の子ですからね」
そのあと、ファンデーションを塗り、目の方に移って行く。
「あら、これ……」
「どうかしたんですか?」
アイラインを手にとって不思議な言葉を口に出す。
「いやぁ、まさかねぇ……。ごめんね」
愛想笑いに隠したその言葉に、モヤモヤした気持ちを呑んだ。
軽く目元を飾りつけられて、最後に薄ピンクの口紅まで付ける。
「うーん。こんな感じだったかしら?」
鏡越しに見るその眼差しは私を見ていない気がした。
「よし、おわり!」
ピンを外して髪を下ろし、ケープで髪をふんわりと上げた。
私は立ち上がる。
鏡に写る私は、どうやら狐のようで、全く誰だかわからない。
ホントに化粧とは怖いものだ。
ここまで、人を、バカにしたように化かしてしまう。
私はテラコさんの方を見た。
「テラコさん?」
テラコさんは私を見つめたまま、心ここにあらずみたいだった。
「テラコさん?」
「あ、あぁ。ごめん。少しね。……やっぱり、眼鏡は取った方が良さそうね。ちょっと預かってるわ」
机の上にあった眼鏡を器用に持ち上げ、私の手を取る。
「さ、行きましょうか。きっと驚いてくれるわよ」
更衣室から出る。
少なからず、私はルンルンな足取りだったのかもしれない。
少し長い道のり、テラコさんの影に隠れながらセラ君が待っているエスカレーター近くまでゆっくりと向かう。
「セラ君の第一声なんだと思う?」
「え? そうですねぇ。……すごい?」
「いや、かわいいとかでしょ」
「いえいえ、そんな……」
「少し謙遜すぎるわよ。逆に嫌味に聞こえるわ」
「……ごめんなさい」
「だから、自身を持ちなさい。可愛いんだから」
「……はい」
私からセラ君が見えると、セラ君も私たちに気付いたみたいで、携帯をポケットにしまった。
「遅いよ」
「これでも最速よ」
そういうと、視線が私に向けられた。
「失神しないでよ。いろんな意味でね」
「そんなもったいないことしないよ」
テラコさんは私の前から退くと一気にセラ君の視線が私の顔に向けられた。
ふと、風が起きたように髪がふわっと動いたのがわかった。
「…………ん」
化物を見るかのように、瞳孔が開き、口をパクパク動かして何かを言ったみたいだが、聞き取れたのはそれだけだった。
「なに?」
「あ、あぁ。なんでもない。かわいいよ」
なんなんだろうか。
みんなして。
初めはそう思った。
何故かなんて知りたくもなかったけど、これが、運命みたいなものだろうか……。