85、
私は追いかけるようにセラ君の後ろをついていく。
まず来たのはデパートであった。
セラ君はそこに入ると直ぐ近くの化粧品売り場に入った。
「え、ちょっと、セラ君!?」
やっと追いつくと彼はアイラインを見ていた。
「セラ君?」
「いつもはピンクだよね……。もう少し明るい方がいいと思うけどな」
セラ君の選ぶ色はどれもラメが入っているようなものだった。
「それは……」
「え? ラメ嫌かな? 似合うと思うんだけど」
そう言って、いつの間にか決まっていたアイラインを顔の横につけた。
私はそのままじっとして、じっと見ているセラ君の表情を伺った。
「うぅーん。これかな……」
それをそのまま手に取り、次にアイシャドウ、マスカラ、ファンデーション、乳液や化粧水まで選ばれ即購入だった。
なんでこんなことしているのだろうか……。
そんなことを思うと、セラ君は私の顔を見てニコッと笑う。
なんとなく、そこに幼さを感じた。
セラ君はエスカレーターで3階に上がった。
確か、ここは……。
「あ、いたいた! テラコさん!」
仕事中の、暇そうなテラコさんに近づいて行く。
「あら、セラ。久しぶり。デートかしら?」
「久しぶり。デートだよ」
はい、ただチケットを貰いに来ただけなんですけどね。
「あのさ、これ使って時雨ちゃんをコーディネートして欲しいんだけど?」
「いま、仕事中だからねぇ……」
言葉を濁して周りを見るテラコさん。
この階、私たち以外誰もいませんけど?
「えぇっと。なに? メイク?」
「うん。ナチュラルで、猫目がいいかな」
「難しいこと言うわねぇ。まぁ……、そうね。ちょっとそこらへんで待ってて」
そういうとテラコさんは奥に消えていった。
私たちは適当に椅子に座る。
段々と、この人達にとって私は人形かなにかかと思い始めてきた。
「時雨ちゃん、なんか違うんだよね。普通すぎるっていうか、時雨ちゃんっぽくないっていうか……」
顔を近づけて、今の化粧を見られる。
思わず顔を遠ざけてしまった。
「なんか、嫌われた」
そう言ってバカにするように笑われる。
「ちっ! ちがう!」
「なら、……好き?」
…………。
「えーっと……」
「おまたせー」
最早いいタイミングで来たテラコさん。
私から視線を反らしたセラ君を確認して、私はホッと胸を撫でおろした。
「あら、お取り込み中だったかな? いいよ、チューするなら見てないふりしておくから」
あくまでも、ふり、なんですね。
「ホントだよ。もう少しでできたかもしれないのに。でも、時雨ちゃんの心の準備がまだらしいし、化粧してからでもいいかな」
私を見てニヤッと口角を上げた。
「あらあら。ガード硬いのね。私ならむしろ吸い尽くしてやるのに」
「あぁ、それで1回土門殺さなかったっけ?」
「え? 記憶にないわよ」
「そりゃぁ、酔ってたしね」
「あら残念。そんないい体験してたのに記憶にないなんて」
いや、そもそも殺した状態が想像できるから怖いです。
テラコさんは上唇を下品に嘗め、悪戯な笑顔を見せた。
苦笑しかでない。
「さ、ここでやるのもなんだから、更衣室借りたのよ。そこでやってあげる」
「あ、でも、お仕事……」
「暇だから休憩貰っちゃった。丁度お昼時だしね」
そう言っていつものテラコさんらしく笑った。
「ってことでセラ君は私のご飯買ってきてね。コンビニのおにぎり2つとペットボトルのお茶ね。終わるまでここで待っててね」
「ええ!」
「男の子は化粧中は見ちゃダメよ。女の子は可愛いところ見て欲しいんだから」
「わかったよ。なにおにぎり?」
「梅とツナマヨがいいわ。お茶は抹茶入のね」
「はーい」
「セラの奢りで。メイク代としてね」
「え! お金取るの」
「当たり前じゃない。なに? これでも出血大サービスよ」
「出血はしないでよね」
「え?」
「なんでもない。じゃぁ、行ってくるね!」
「お願いね! ちゃんと可愛くしておくから」
セラ君はエスカレーターを降りていった。
「さぁ、行きましょう。まったく、時雨ちゃんも忙しいわね。美晴といい、セラといい、なんでそんなに容姿を気にするのかしら」
私は立ち上がり、それは自分がブサイクだからだと思った。
化粧をしなければ、見れないくらいブサイク。
「そのままでも可愛いのにねぇ。私が食べちゃいたいくらい」
「……。……っ!」
あまりの衝撃に、飛ぶようにテラコさんを見てしまった。
「冗談よ、冗談。ホント、面白いわ」
クスクス笑うテラコさんを見て私は顔を隠した。