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久しぶりのくだらない話を堪能していた。
最近の面白いドラマに、新作の書物。
流行りの曲に、昨日あった面白話。
早々と食べ終えていたセラ君はコップに入れてきたメロンソーダを一口飲んで眼鏡を上げた。
それにつられて私も眼鏡を上げる。
それにしても、眼鏡似合わないなぁ。
セラ君。
「今日の服、可愛いね」
切り出しが急で口に入れようとしたカルボナーラを止めてしまった。
そう言われたいからおしゃれをしてみたのに、いざ言われてみるとなんて返せばいいかわからない。
「それ、去年買ったやつだよね。気に入ってくれたんだね」
「うん。テラコさんにこの組み合わせが1番似合うって教えてもらって」
「そうなんだ。さすがテラコさんだな……」
一瞬、笑顔が曇った。
それを見てテラコさんの名前を出さなければ良かったと思った。
「みんな元気?」
「う、うん。いつも通りかな……」
「…………そうか。よかった」
止めた手を動かしカルボナーラを口に入れた。
最後の一口がここまで苦くなるとは思わなかった。
「はい、これ」
セラ君はあらかじめ用意していたであろうチケットが入った封筒を差し出してきたので、私は両手で受け取った。
「ありがとう」
「来てね。僕頑張るからさ」
優しい口調。
しっかりとした志。
ーーーーもう、戻らない。
そう悟った。
私は封筒を手提げに入れ、紅茶を飲んで口の中を洗い流した。
それでも、
それでも、
「ねぇ。もう、サチレに戻らないの?」
それでもやっぱりあの5人を見たくて、聴きたくて、口がその質問を聞いた。
セラ君は明らかに嫌な顔を見せた。
それでも、私にはその名残を向けずに、優しく告げた。
「姉さんは、サチレが見たいんじゃないんだ。土門が、気ままにドラムを叩いて、お店やってればそれでいいんだ。だから、東京にも行かせない」
言い返せない。
美月さんを知らないから。
言い返せない。
美月さんの気持ちがわからないから。
言い返せない。
ーーーー私も、東京に行って欲しくないから。
「だからさ、みんなにはここにいて欲しい。東京に行くのは僕だけでいいんだ。みんなには姉さんの側にいて欲しいんだ」
私は小さく、うんと頷き、視線を落とした。
なにも、わかってないんだ。
私って。
長く一緒にいたから知ってるつもりでいた。
全く、なにもしらない。
「ねぇ、今日暇? また遊びに行かない?」
え?
視線を上げると、眼鏡を取ったセラ君が満面の笑みを浮かべた。
「まだ、あの日の答え、聞いてないし。なら、自力で僕のものにするよ。まだ、あのクソやろうのこと好きなんでしょ?」
ズキンと心臓が鼓動した。
自分でさえわからないのに、体は過剰に反応した。
「忘れさせて上げるよ。絶対に、僕の方がいいって、言わせる」
伝票を取って立ち上がる。
「行こ。時雨ちゃん」
コートを纏う彼は、既にスターのオーラを感じた。