82、
治してやる?
なにを?
帰り際、あまりにむしゃくしゃしていたので、紅茶を箱買いした。
ダージリン。
今、そのパックをお湯に浸して少し待っている所である。
美晴のバカがなにを言い出したかと思えば、言い訳をつらつら並べただけのただの軽い段ボール箱だった。
腹立たしい。
なにがって、予想通りで腹立たしい。
もっと、少女漫画のような言葉は出てこないのだろうか。
無理だろうな。
バカだから。
紅茶のパックをお湯から外し、予め用意しておいた小皿に乗せた。
レモンなんてお洒落なものはウチにはないので普通の砂糖だけをスプーン1杯入れてみた。
私は最悪でも土門さんの入れたような薄い紅茶を想像して飲んだ。
「にっが!!」
ビックリしてカップを置くと少量の紅茶が溢れた。
とても苦い。
しかもとても熱い。
お湯に浸し過ぎたのだろうか。
それにしてもだいぶ苦い。
なにが違うのだろう。
次あった時でも、聞いてみようかな。
それでも飲まない訳にはいかないので苦い苦い言いながら飲み干した。
カップと小皿を洗って食洗機に入れると携帯が音楽を奏でてなり始めた。
あ、マナーモード切ってたんだ。
私は急いで近くに設置されているタオルで手を拭き、机の上にある携帯を取って誰からかを見た。
「セラ……君?」
何故?
と疑問符が出てきたが、美晴と違い出ない理由はなかった。
何コール目かはわからなかったが、次のコールで出る。
『あ! もしもし!? ねぇ、時雨ちゃん! 明日会えない?』
急に元気な声が飛んできて思わず携帯を耳から少し離した。
「え? どうしたの?」
『僕のライブに来て欲しいんだ!』
あぁ、あれか。
早すぎる、ソロライブ。
『みんな呼んでるからさ、もし嫌じゃなきゃ明日チケット渡したいんだ! どうかな?』
少し気になっていた。
行きたい気もする。
折角なんだし貰ってしまおうか。
「いいよ」
『ホントに! ありがとう! 明日、駅前にいて。何時くらいがいいかな?』
「何時でもいいけど、午後からが楽かな」
『わかった。じゃぁ、お昼もかねて12時半とかでいいかな?』
「うん。わかった。12時半、駅前だね?」
『うん! そうだね。これからまたインタビューなんだ。急いでて早口でゴメンね。じゃぁまた明日』
また、明日。
言う前に切られてしまった。
不思議だよな。
先日まで、一緒にあそこにいたのに、もう数分さえ話すこともできないなんて。
おかしいよ。
なにか、違う気がする。
携帯をまた机の上に置いて、椅子に座る。
そして、あの歌声を思い浮かべると鮮明に隣で鳴り響いている。
幻聴。
いや想聴とでも言うのだろうか。
息を吸うその染み入った癖まで聞こえてくる。
ドラムの、未だにヘビーメタルの癖が抜けていないような乱暴なシンバル音も、
キーボードの繊細で聞いている人を圧倒するその感じも、
ベースの落ち着きのある、全ての人をも抱擁するような感じも、
ギターの……、あまりに豪快のコードラインも、
なにもかも、聴こえる。
それが忘れられなくて、だからみんなといて、それでもまだ私はそれを望んでいる。
もう、聴けないかもしれないのに。
皐月さんが、普段と違い、泣きじゃくるのも無理はない気がする。
たった数ヶ月一緒にいて、たった数回聴いただけの私でさえ、この状況に耐えられないのだから。
人知れず、涙を流し、袖で拭いてからその腕を口に当てた。
嗚咽を抑えて、私は元凶である私自身を憎んだ。
こんなことがなければみんなは幸せだったのに。
こんなことがなければ、こんなことがなければ……。
そう思う度、罪の意識が私を犯す。
そんな中でも、渦中の人達はそれをしっかりとみすえてる。
そんなこと私にはできなかった。
本心、明日が怖かった。