79、
美味しかった。
土門さんには劣るが、まぁ普通に美味しいミートソースのパスタだった。
「まったく、遅いわねぇ。そろそろ帰りたいんだけど」
「店番はお前の役目だろ」
「明日仕事なの。朝早いんだから寝かせてよ」
「お客来たらどうすんだ?」
「どうせ来ないわよ。土門があんな感じになって、1ヶ月に10人来ればいいほうじゃない」
「まぁ、確かにな」
食べ終わっていて、私も帰ろうか悩んでいたくらいにこんな話をされ、言いづらくなった。
「晋三、カレンちゃんだっけ? そろそろ幼稚園じゃなかったかしら?」
「長女か? ならカレンだ。そうなんだよ。4月から幼稚園だよ」
「え! 結婚してたんですか!!」
あまりに衝撃過ぎて、晋三さんの左手を見ながら叫んでしまった。
その手の薬指にはシルバーのリングが鈍く輝いていた。
「あら、知らなかった?」
けらけらしながら、教えてなかったのとテラコさんは聞くと、教えることでもないだろと言い返した。
「あぁ。結婚してるよ。一戸建て今建ててて、子どもは2人、長女と長男。長女はもう幼稚園だし、長男は最近歩けるようになった」
「カズくんだっけ? 風邪ひいてなかった?」
「インフルエンザじゃなかったよ。さすがに40℃見たときは慌てたわ」
へぇ。
そうなんだ。
正直、バンドとかしてる人達って結婚は遅いか、してもすぐ別れるものだと思ってた。
「そうそう。俺、昇格しそうなんだよ」
「へぇ、すごいじゃん」
「責任重くなって嫌だなぁとか思ってたが、意外と嬉しいものだな」
やっぱり、仕事人なんだな。
皐月さんも言ってた。
なんでもテキパキこなす人だって。
「ずっと気になってるんですけど、皆さん何歳なんですか?」
「ん? 俺は27だ」
「私、25歳。土門と同い年」
えぇっと。
皆大人っぽい。
大人っぽすぎてもっと上だと思ってた。
なんかごめんなさい。
「見えないでしょ。晋三なんかもう中年男性って感じだもんね。このお腹とか」
少し、というより結構出ているそのお腹を晋三は大太鼓のように叩いた。
「男の勲章みたいなもんだろこれ」
「いやいや、そろそろ痩せなさいよ。ハナさんが可哀想よ」
「確かに、痩せろ痩せろうるせぇけど」
「ほら、その体はあんただけのじゃないんだからさ」
「わかったよ」
私はクスクスと笑いながら2人のやり取りを聞いていた。
一段落ついて、時計に目をやるとすでに4時過ぎていた。
5時間くらいいたみたいだ。
さすがに私は帰ろうと立ち上がった。
「帰りますね」
「あぁ、気を付けて」
「はい」
「まったねぇ。今度店に来てね、安くコーディネートしてあげるから」
「ありがとうございます。じゃぁ、また」
「あぁ、それと。……俺との約束、よろしく頼むな」
約束。
なんだったっけ。
「なにそれ? 気になる!? なになに?」
「うるさい」
「なにさぁ!」
「うざい」
「教えればいいのよ!」
「黙れ、置いて帰るぞ」
「えぇ」
私は苦笑しながら、会釈をして出ていった。
約束?
もしかしたら、あのこと?