78、
「あんな奴はほっといて、話しの続きするわね」
私は視線をテラコさんに戻した。
「断り続けた。あまりにしつこいから、取引を申し出た。私たち3人となら歌うって。嫌な顔を少しだけしたらしいわ」
私は少しだけ紅茶を飲み、乾いた口を潤した。
「まぁそのあとはこんな感じ。取引は成立、東京のレコード会社にまで声をかけられるようになったって感じ。まぁ後はなんとなくわかるでしょ?」
私は小さく頷いた。
「なに? 意外と気にしてるの? もともとだから平気よ。時雨ちゃんのせいじゃないわ」
「……ホントですか?」
今にも泣きそうな声が出て驚いたが、意中を突かれてなんとなく安心していた。
「起こるべくして起こった。むしろ今まで平和だったのが不思議なくらいよ」
なるほど。
「戻ると思うか?」
私は視線を隣に移した。
1番重い口を開いたのだろう。
「さぁ。私にはわからないわ。今回はちょっとやばいかもね」
そうか。
溜め息混じりに吐かれた言葉には諦めというよりは、またか、的な感じがした。
「まぁ、秋までに説得すればいいんだから、気長に考えるか」
「そうね。慌ててもなんの解決にもならないものね。お呼ばれもしてないから楽器触る必要もないだろうしね」
テラコさんは疲れたのか、カウンターの席に回ってきてエプロンを外しながら座った。
「どっちも頑固だし。美月ちゃんに似て」
意味深にピアノを見つめるテラコさん。
あそこが、きっと美月さんの定位置だったのかもしれない。
きっと、みんなの中ではあそこに美月さんがいるのだろう。
「そういえば、食べに来たんじゃないの? 何食べる」
「えっと、土門さんいないんですが、いいんですか?」
「いいのいいの。当分帰って来ないから。今日は私が美味しいの作ってあげる」
満面の笑みが急に咲いたので、私はペースを乱した。
「おすすめってあります?」
「それ困るのよねぇ。まぁ、私はパスタかな? 適当でいいかしら?」
「はい、お任せします」
外したエプロンを再びつけて、厨房の方に向かっていった。