77、
その姿を眺めるだけで、その泣き声が響きわたるだけで、私含めて、全員がなにもできなかった。
無言でこの場に存在して、無言で仲を引き裂いて、無言で傷つけて、私はなにをやってたんだろうと思うと、私も泣きたくなった。
「……サチレ……戻るやろ……? サチレ……また聞ける……やろ?」
少し治まったのか鼻をグズつかせ立ち上がった。
その時にフラフラとするから私は思わず肩をおさえた。
「セラ君やて本望やないにきまってる。せやせや」
そう苦し紛れに言う皐月さんから目を反らす3人。
私も確認してしまった。
ーーーー望みも希みも臨みも、ない。
隣でガクリと肩を落としたような感覚がした。
「もうええ! あたしがなんとかする! そんな奴らやと思わんかったわ! 根性なし! 弱虫! 軟弱! アホ! バカ!!」
思い付く限りの罵声を浴びせると皐月さんは物凄い勢いで出て行ってしまった。
それを追いかけようとすると、テラコさんの声が飛んできた。
「やめときな。今は1人にさせてやって」
私の足は、それに応えるように止まった。
所詮、私も根性なしで弱虫で……。
私は辺りを見回して、鬱蒼とした表情に居場所を無くした。
できるなら、さっきの勢いで外に飛びでれたら、なんて楽だったんだろう。
「時雨ちゃんには知って欲しいからさ。来てよ」
私はコクりと頷き、重い足取りで3人の座る、いつもの場所に座った。
「美晴とセラは最初っからあんな感じだったんだ」
そう語り始めるテラコさんは、いつものように紅茶を入れ始めた。
「美月ちゃんのこと聞いたわよね? 美月ちゃんが死んでから、美月ちゃんの遺言を果たすがためにセラは歌の練習をしてきたのよ。はい、ダージリン」
ありがとうございますと受け取った紅茶はまだ色は薄く、香りだけが若干するようなものだった。
「酷かったわ、音痴だし。それでも、努力してあそこまでの歌唱力を身に付けたの。昔みたいに私と晋三と、土門と美月ちゃんでやってた時と同じようにやってた」
ギターのない、ジャズバンドのような編成のこのバンドは不況の波に飲まれた。
間違いなくそうだったに違いない。
土門さんも言っていた。
時代だったのだ。
今は熱いロックしか好まれない時代。
私だってその傾向がある。
賑やかなら、楽しければいい。
優しく包むような、人情が濃いような、そんな泥臭い音楽は段々と排除されていっている。
そんな時代に彼らのバンドは飲まれた。
「一時期解散もしたわ。お互い年も重ねて仕事が忙しくなり始めたし、セラも受験とかで来れない日が続いたものだから、それを宣言せざるを得なかった」
土門さんはどこか1点を見ていた。
そこに彼女がいるのだろうか。
「受験合格祝いに、1回だけみんなで歌おうってなったとき、店に彼が来てたの。ホントにたまたま、いたって感じだったわ」
きっとあの位置で、カウンターを見つめながら聞いていたのだろう。
「そしたら、急に『オレの曲、歌ってみないか?』ってセラに言ったのよ。セラはそれを見て、嫌だって言ったわ」
美晴の歌詞は正にそれと言う感じだった。
「それでも、何日も何日も口説いてたらしいの。セラだけを。ホントは私たち3人はお荷物だったのよ」
土門さんはカウンター席から立ち上がり、タバコ吸ってくると言って外に出て行ってしまった。
テラコさんはそれを見て溜め息を吐いた。