75、
セラ君は土門さんに強く言い放った。
土門さんは、驚いた表情で片付けの手を止めていた。
私も入口で立ち止まり、中には入るか躊躇した。
そんな私に気づいたのは土門さんだった。
「寒いから中に入れ。話はそれからだ」
私は頷いてまた中には入り、いつもの場所に座る。
セラ君は何故か私に目も向けず、1点、土門さんを見続けていた。
「っで、セラ。ある程度いきさつは皐月から聞いてるが、お前の心の内を聞かせて欲しい」
土門さんはバンダナを取った。
思ったより長い髪は目にかかってしまう程で、それを掻きあげながら整えている。
「あんな野郎と一緒に音楽できない」
土門さんはそう言うセラ君を睨みつる。
「そんなの理由じゃないだろ。本心を聞かせろ」
そう言われて始めてセラ君は土門さんから目を反らした。
「だって、時雨ちゃんが、可哀想じゃん。本当は……き、らいなんだよ。なのに、なんで告白なんかして、意味がわからないよ!」
言葉を濁そうとしたのだろうけど、感情のまま言ってしまったという顔だ。
私なら大丈夫。
「あぁ、そうだな。だけどそれは個人的な感情だろ? バンドを抜ける理由じゃないだろ」
「そんなやつの曲歌いたくない! それに、そろそろあいつの曲、歌っても楽しくなくなってきた」
もはやついて行くので必死だったが、逆に理解できないほうがいい気がしてきた。
「だから、交替交替でやるってなっただろ」
「だから、あんな野郎の歌はもうやなんだ! 土門だってわかるだろ!? だったら僕が全部創る! でも、晋三も、テラコさんもあいつとやるって言うだろ!? なら僕は、……僕がいなくなるほうが全て解決じゃんか!!」
言い終わってもなお、視線を緩めなかった。
土門さんも一歩も引かないような姿勢を見せていた。
「お前がいなくなったらファンは悲しむぞ。お前はそれでいいのか?」
「最初っから、アイツのファンしかいないじゃないか!! 僕たちにファンがついたことなんてあったか!? 僕は1回も、僕のファンって人に会ったことない! 全部、アイツのファンか、バンドのファンじゃんか!!」
知らなかった。
言われてみれば、今では突出した能力の持ち主はいないし、いい意味で1つだ。
ただ、悪い意味では個性のないメンバーの集まりとも言える。
私だって、セラ君のファンと胸を張って言えないし、バンドそのものが好きだ、と言うだけだ。
「それでも、オレらは!」
「土門なら!! 土門なら許してくれると思ってたのに…………。土門のバカ」
そう呟いて走って出て行ってしまった。
私は追いかけることも考えつかず、唖然として見ているだけだった。
土門さんは深く溜め息を吐く。
そして、頭を抱えてしまった。
「すまん。閉店だ。帰ってくれ」
「は、はい」
私は言われるがまま出ていく。
カランカランと軽い音がしてから、少し歩き立ち止まる。
ーーーー私。大変なことをしてしまったのではないだろうか。