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しぐれぐむ  作者: kazuha
揺れ動く感情
74/200

74、




 そこまで話しきり、冷め始めたコーヒーを飲んだ。



 少し長い沈黙はこの店の静かさを表していて、それでいて、今の土門さんの気持ちをそっと表しているのかもしれないと思った。


 私も紅茶を飲み、そっとカップを置いた。




「そこからは楽しかった。あぁ楽しかった。いろんな所も行ったし、いろんなこともした」


 段々と話しの落ちが近づいてきていて、感情が話すことを拒否しているかのような、途切れ途切れになってきていた。



「美晴と出会う2年前だったか。オレは結婚を申し出た。その時に彼女は断った」



 再三断っている。


 きっと好きなのに、きっと一緒になりたいのに、断っている。



「また、なんどもなんども告白したが、今回だけは首を縦に振ってくれなかった」



 土門さんは目に手を当てた。


 その間が異様に嫌で、私は口を開いた。


「どうしてですか?」


 土門さんは手を離し、私の問に答えた。


「多分、自分の死期がわかってたのかもしれない。今のオレじゃ、わかる手立てがないよ」


 そうですか。

 私は視線を落とした。



「ま、断られても、指輪は渡した。結婚を決心してくれなくていいから、この店を一緒にやらないかって言ってみた」



『後悔しない?』



「美月はそう言ったんだ。オレは大胸叩いて当たり前だって生きがった」



 そこから2人の幸せな空間。

 この場所はそういう場所なのだろう。



「オレは厨房、彼女はホール。この商店街である程度有名になった。結婚しないの? とか言われたが、美月は茶を濁すばかりだった」


 辛かったのだろう。

 一緒にいるのに、幸せなのに、最後の最後で一線引かれているから、どこか不安でどうしようもなくて。


「寒さも厳しくなった頃だった。オヤジが死んだのは」



 いきなり襲いかかってきた。

 急に心臓がキュッと痛む。


「最後までウザイオヤジだったけど、今じゃ尊敬してるし、感謝もしてる」


 この話しで始めて笑った。

 私の方はそろそろ涙が出そうなのを必死に堪えていた。



「本当に二人っきりになり、この店に訪れる客も減っていった。オヤジがいなくなったからなのか、景気が悪くなったからか、商店街が開発されていったからかわからないがな」



 辛い。

 そろそろ私ダメかもしれない。



『大丈夫。絶対に大丈夫』



 そう呟いて土門さんはとうとう口を止めてしまった。



 私も返し方がわからなくて黙って続きを待った。


 鳴らないピアノが奏でられるのを待っているように、土門さんはピアノを凝視し、そして、上を向いた。



「ずっと、この店を、手放そうと思って美月に言ったら、そう言われて……、今までやってきたよ。そしたらよ、……そこでだよ。お客さんの要望でピアノを弾こうと向かった時だったよ。倒れたんだ。そこで……」




 私の頬に涙が伝った。



「救急車で病院に向かって、手術室に入って、戻って来るのを待った。……手術室が開いて、中から深刻そうな先生の表情を見て、すぐさま耳を塞ごうとした」



『あと、1週間も持たない』



「病室で、大きな機械に囲まれて、がんじがらめに縛られた美月を見たとき、オレは後悔したよ。なんで、こんなになるまで無理させたのかって。でも、美月はオレを見て、」


『ごめんね……。ごめんね……』



 想像だった。


 土門さんはもうこれ以上話せそうになかった。


 そのあとは容易に想像できる。


 きっと、土門さんは美月さんを看取ったのだろう。





「すまん。変な話ししちまったな」


「いえ、平気です」


「お前も大変なのにな」



 あぁ、アイツですか。


 軽く忘れてました。



「なんか食うか? パフェならマリンスノーパフェがおすすめだが?」

「なんですかそれ?」

「食べればわかるよ。食うか」

「気になるので食べます」

「おしきた」




 そのあとは、とんでもないパフェが出てきたが、美味しいので食べきってしまった。



 新しい紅茶も飲んで、帰ることにした。




 ネオンは相変わらず、眩く輝く。


 楽しそうにわいわいとしていた。


 今何時だろう。


 そう思って腕時計を見ると7時を過ぎていた。


 あぁ、い過ぎたな。


 それにしても、この時計、してたくないな。


 外しちゃおうか。


 めんどくさい。


 家に帰ったらでいいか。


 また、ネオンに目をやり、眩しくて目を反らした。


 私みたいな鈍い色の人には不釣り合いなこの場所から逃げるようにうつむきながら歩いていると、誰かとすれ違った。


 彼もまた1人で急いでいた。


 私にも気づかず、来た道を行くので、なんだか嫌な感じがした。


 私は彼を追いかけてまた、あそこに入った。



 軽いベルの音。


 それと同時に放たれる宣言に、私はまたこの場所で固まってしまった。


「僕、独立する!」

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