72、
半分くらい衝撃だった。
セラ君のお姉さん。
「病弱だったんだ」
語られるその先にその人がいるのではないか。
私もピアノの方を見てみた。
「出会ったのはここだった。まだこの店が景気のいいとき、ゲスト演奏として来ていたんだ。まだオレも中学生だった。オヤジが店にこいっつうから行って、ピアノから遠いカウンターに座ってコーラを飲んでた」
土門さんはコーヒーを一口飲み、カップを置いた。
「どうせ、大人だろ? つまらない曲でも弾くんだろ。そう思っていた。出てきたのがオレよりも背の小さい女の子だって知ったときには目が釘付けになったよ。染めてないのだろうけど、少し薄い肩より長い髪の女の子。店の薄暗い照明で顔はよくわからなかったけど、弾かれたパッションの効く曲はオレを虜にさせた」
「好きになっちゃったんですね?」
「好きになったってより、ファンになったみたいな感じだ。惚れた。それだけだよ」
あぁ、なるほど。
それはわかる気がする。
「演奏が終わったら、思わず名前を聞きに行ったよ。荒島美月」
セラくんってあれ名前だったんだ、と今更思った。
「オレより2つ下とわかった時に絶望した。なんであんな音楽を奏でられるんだって。さらに、一緒にやりたいと思うようになった。それでオヤジになにかやらせてくれって言ったら、店の倉庫からドラムセットを出してきた。今は新品だが、あの時のやつはホコリも被っていて汚いものだった」
「教えてもらったんですか?」
「いや、これでもやればいいじゃねぇかって言われて独学でやった。そのままオレは高校に進学。軽音に入った」
「それまでで美月さんと会えてないんですか?」
「名前聞いただけだ。有名人でもなければ、携帯もない時代だぜ。会う機会なんてなかった」
「寂しくなかったんですか?」
「ドラムに一心だったからな。高校でデスメタル系のバンドに入って独学じゃぁダメだってなって先輩に教わった」
デスメタル。
……ぽい。
「美月と出会ったのは、ホント偶然だった。オレが高校3年でバカやってたら骨折してな。その時に行った病院のホールで1人ポツンと座ってる彼女を見かけた。背は少し大きくなってたけど、他は変わってなかった。嬉しくてな。松葉杖で走ったら途中で転けて、笑われちまった」
「彼女覚えてくれてたんですか?」
「あぁ。嬉しいことにな。あの店で名前聞いてくれた子でしょって」
「よかったですね」
「あぁ、すごく嬉しかった。それから暇な時間は彼女とずっと話してた。あれからドラム始めたことも、高校卒業したらバンドで食うってことも、なにもかも」
「そうなんですね」
「そう。彼女もいろいろと話してくれた。弟がいること、ピアノはグランプリ的なのをとったことも、友だちがいないことも」
チャンス、そう思ったんだろうな。
「チャンスだ! って思った。憧れの彼女とまず、友だちから始めようと思って言ってみた。快くOKしてくれたよ」
やっぱし。
「毎日毎日、他愛もない話をした。他にやることもなかったしな。そしたら、オレはすぐに退院になった。外で会えるよね。そう聞いたら、彼女は頷くだけだった。よく考えたら、オレは彼女が死ぬまで彼女の病気を聞かされてなかったんだ。ホントだったら、1年以内に死ぬなんて言われていたらしい」