51、
時間になった途端にライブハウスに入って行く女性を何人か見た。
コンビニでお菓子を眺めていたらいつの間にか20分過ぎていたらしい。
私はコンビニを出て中に入ろうとした。
そしたらチケットがないことに気づいて驚く。
あれ、手に持ってたのに。
ポケットにないなぁ。
ってそう言えばバックに入れたわ。
あったあった。
チケット片手に暗闇になっている階段を下っていく。
履きなれないヒールがコツン、コツンと低い天井に響く。
壁に手を当てながら下りていく。
「こんばんは!」
女の子の声だった。
入口では2人の歳が私と同じくらいの女の人がチケットを集めていた。
「こんばんは」
私は見つけ出したチケットを出すと切り取り線の小さい方を取られて長い方は返された。
ドリンク代500円をそのまま出し、ドリンクチケットを貰い、奥に通された。
私がやっていたよりもはるかに効率がいい。
中はもはや慣れたものだった。
ガラス越しにステージがあって、天井は高い。
さらにステージの反対側を向くと皐月さんがいる。
「あ! やっぽー、時雨ちゃん。はやいねぇ」
「はい。つい」
ガラスの奥の一列目には既にファンの人達が層を作っていていたし、直ぐにはあっち側には行きたくなかった。
「なんか飲む?」
「あーー。オレンジジュースで」
「ええー。お酒じゃないのー」
「はい」
皐月さんは口を尖らせてプラスチックコップに不透明な黄色い液体をたっぷり入れてくれた。
「チケットちょうだい」
「あ、はい」
貰って取りあえず一口飲んだ。
「それにしても、熱烈なファンができたものねぇ」
「あれ、普通じゃないんですか?」
「いやいや。結成したばっかりなんか、順番が彼たちになった瞬間に私の所に人が殺到とかあったから。うんー。お姉さんはこの成長ぶりに涙が浮かぶよ」
ワザと涙を拭く素振りを見せた。
「まぁ、実力がなかった訳じゃないから直ぐにファンはできたよ。でも、セラ君のお陰感が凄かったわねぇ」
「そうなんですか?」
「うん。飲み会とかはセラ君に話しかける人が集まるしね。ヨシ君は顔が広かったみたいだからずっとあんな感じだし」
「後の3人は?」
「所謂平凡だったの。それでセラ君とか引き抜かれそうになったりとかよくあったわ」
「そんなにセラ君凄いんですか?」
「聞いたでしょ? あの Angel voice って呼ばれる歌声」
とても発音良く言われたその単語に私は共感した。
透き通る様な声。
響きわたる高温。
感情がそのまま乗っている様な高揚感。
一瞬で引き付ける抱擁感。
「でもなんでかどこにも行かないんだよねぇ。他のバンド行くとか、個人で頑張るとかしても彼は名が知れ渡ると思うんだけどなぁ」
「ーーーー居心地がいいんですよ」
私はオレンジジュースを飲んだ。
「きっと」
「名言だねぇ、時雨ちゃん。よし、そういうことにしよう」
そんなことでいいのか。
私は静かに溜め息を吐いた。
段々と人が増え、ドリンクを買う人に皐月さんは笑顔でテキパキと作っている。
私はそろそろ邪魔になるなと思い、ステージから少しばかり遠い場所に荷物を置いた。
携帯の電池は残り68%だった。
それだけを確認して電源を落としカバンに入れた。
一列目が出来上がってからはや40分以上が経って、彼女たちはその場に座り始めていた。
それを遠目に私はなにもやることのない20分を過ごす。
いや、正確には何分経ったかわからない。
わかるのは煙のようなものが出始め、暗くなったくらいだった。
油断していたらほぼなにも見えなくなっていた。
見えるのはステージで人影が動いている姿くらいだった。
しかし、それは煙で全くわからない。
きっと彼らだろう。
そう思うだけでドキドキしてきた。
楽しみにしていた。
とても、楽しみだ。
一列目の子たちだろうか、立ち上がったような気がした。
始まる。
これから始まる。
カチっと金属が合わさった音がした。
何秒だろうか。
いまどの位経ったのだろうか。
時間がわからない。
別次元にでも放り投げられたようだ。
とても長い闇と沈黙。
不意に、カンっと軽い音がした。
カン。
カン、
カン、
カン、
刹那、闇から開放され、見えるのは彼ら。
始まるロックに皆黄色い声援を向ける。
格好良すぎる始まりに私は両手を合わせた。