47、
お風呂から上がるとお母さんからホットココアが入ったカップを手渡された。
「まさか、そこまでドジっ娘だったなんて知らなかったわ……」
私がお風呂に入っている間に美晴が説明してくれたらしいが、どうやら本当のことではないらしかった。
「ドジっ娘じゃないし」
「え? 何もないところで転けて、生クリームを頭から被ったんでしょ?」
うんー、その言い方だと意図的に生クリーム被ってませんか?
「転けたのは事実だけど、生クリームに頭から突っ込んだだけ」
「一緒よ」
いやぁ、違うと思うんだけどな。
私は座りココアを一口飲むと、とても熱くて飲めるものではなかった。
そういえば、
「美晴は?」
取りあえず一緒に家に入った所までは覚えているが、そのあとの行方なんて知らない。
「ん? あ、そういえばいないわねぇ」
あの人は勝手に家に上がって勝手にいなくなったのか。
なんだ。
その時に家のチャイムが間抜けな音を響かせた。
お母さんはちょこちょこと走っていった。
私はカップを持ったまま、
思い出してしまった。
落としそうなのでカップを置いた。
まだ乾かしていない髪に触れると、なんだか気がまぎれた。
喪失感というか、恐怖というか。
そういった感情なんか慣れていた。
友達が離れていくとか、1人でいると遠くで笑われているとか。
間違いなく慣れていた。
人間不思議なものだ。
生命に関わることだとどうやら慣れていることでさえそれを超える感情で私を制圧してくる。
体は勝手に震え、堪えなきゃ涙さえ出てきそうだった。
「これで足りるか?」
「え?」
はいなんでしょう。
顔を上げると、スーパーの袋を持った美晴がそこにいた。
「これで足りるか?」
二回目は嫌なのか、嫌な顔で袋を揺すった。
私は袋の中身を確認する。
生クリーム。
果物の缶詰。
イチゴのパックが2つ。
装飾用の砂糖菓子。
チョコプレート。
そして、スポンジ。
十分だった。
むしろ完璧なほどだ。
「あ、ありがとう!!」
涙が一筋流れた。
私でさえもわかるくらいはっきりと。
それを、美晴が拭うのを私は私じゃない位置で見ていた。
幽体離脱というのだろうか。
ふわふわした感覚に、他感視。
それが自分に戻ってくると、急に恥ずかしくなってイスを倒してまで離れる。
「な、なななななに!」
「なにって、別になにも……」
「いやいやいや! なんで私に触れてんの!」
「え? 潔癖性?」
「いや、違うけど」
「なら、構わないだろ。触るくらいよ」
「……でも、」
「もう大丈夫だから心配すんな」
そういえば、今はマフラーをしていなかった。
シャープなアゴに、血色が悪いのか薄ピンクな唇。
ヒゲは綺麗に剃られていて、白い肌が顕になり過ぎていた。
こう見ると、カッコイイ。
整っているし、釣り目だが笑うとカワイイ。
「ホント?」
「あぁ。だから安心して来いよ。セラからお呼ばれしてるだろ」
「うん」
「オレも来て欲しいし、時雨には」
彼は眼鏡を外してそのまま胸ポケットに入れた。
「行くよ。行くに決まってるじゃん! そのために、買ったんだから」
「そっか」
自然と笑みが出た。
嬉しかった。
「あ、お金!」
「あぁ。いらんいらん。食事代だとして払わせてもらうよ」
「あっそう」
申し訳ない。
でも、ありがたい。
「んじゃ。これから練習だから帰るわ」
「あ、うん」
彼は後ろを向いて歩く。
扉をあけて出て行ってしまった。
「あ、忘れてた。オレ、イチゴ多い方が好きだぜ」
行ってしまった。
むしろ今のはなんだたったんだ。
戻ってくるなんて思ってもなかった。
ホッとため息を吐いて、少しだけ冷めたココアを飲んだ。
「なに彼氏?」
途端に母からの奇襲にココアを吐き出しそうになった。
「違う!!」
「またまたー。なら、いい人じゃない、コクっちゃえ」
「だから!!」
このあと、ずっとこんな感じで母に茶化されていた。