37、
保健室は、昔から変わらない消毒液の匂いがする。
いけないことをしたあとに来ていたから多少来ることに抵抗はあったものの、皐月さんに引っ張られて白衣の女性の前に座る。
「あら、どうしたの?」
「あぁ、あたしが蹴っ飛ばした石が当たっちゃったんよ」
「もう、気を付けてね。皐月ちゃんはよくやらかすんだから」
「いやぁ、めんごめんご」
古いなぁ、と思ったのは私だけだろうか?
私はタイツを脱ぎ、足を先生に出した。
「ちょっと染みるからねぇ……」
と、コットンを傷口に当てられてその上から消毒される。
「っ!」
「あ、痛いんや」
何故か笑う皐月さん。
かなり染みますよ、ええホントに。
消毒が終わり傷口に軟膏を塗られて絆創膏を貼られる。
「はい、おしまい。これで膿むとかあったら病院行ってね」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとさん! 先生大好き」
「皐月ちゃんは元気ねぇ。本当に」
私はタイツを履いて、保健室から出る。
まだ若干痛い。
痛いのは別にかまわない。
でも、怖い。
「ねぇ、時雨ちゃん。当分1人で居ない方がいいよ。友だちとかと常に一緒に行動したほうが……」
「友だち……いないんです」
「え!?」
私は1人歩き始める。
皐月さんがついてきて横に並んだ。
「ホンマに?」
「ホンマに」
皐月さんは関西の人なんだろうか。
いや、違う気がする。
「まじかぁ。……ホンマのホンマに?」
「何回も言わせないでください」
あのうるさい皐月さんがとうとう黙ってしまった。
それはそうだ。
大抵はどんな残念な子でも友だちは1人や2人いるもんだ。
それなのにいないとなれば、付き合いを改められても文句は言えない。
いや、言わない。
去るものは追わず、だ。
「じゃぁ、あたしの所に来なよ。基本的にロビーに居るから」
私は驚いた。
「いいんですか?」
「当たり前やん。もう友だちやで」
歳を取ったな。
涙腺が緩い。
「あたし暇やねん。もう単位は軽く取ったし、後は悠々遊び尽くすだけ」
凄いなぁ。
私なんて平均値取ってるだけで、余裕なんてあまりない。
まぁ暇したくなかったからこういう取り方しているのだけど。
「ってことにしよう! 虐められたらちゃんとおねぇさんに言うんだよ!」
「あ、はい」
「ほら、笑いなよ。辛気臭いと貧乏神が住み着くよ」
私は皐月さんの方を見て笑ってみた。
「これでいいですか?」
「バッチグーやで。時雨ちゃんは笑顔の方がカワイイよ」
カワイイなんて、言われたことなかった。
ここ最近急に言われて戸惑っているくらいだ。
可愛くなれる。
なら、美晴なんかより、もっとカッコイイ男でも釣れるんじゃないか。
「そうだ時雨ちゃん。今日暇?」
「あ、はい」
「ちょっと化粧して、ナンパされに行かない?」
「へ?」
「ヨシくんを嫉妬させようよ」
意味がわからなかった。
でも、楽しそうだった。
昨日貰った化粧道具を使うなんて思ってもいなかったが、初めて自分でフルメイクするのに緊張して、それでもなんだかワクワクしていた。
いけないことをする時はなんだか楽しい気がする。