34、
私はテラコさんの隣ひと席空けて座り、カウンターの方を向いた。
「そもそも、私ダメなんですよ。美晴みたいに天の上の存在の人」
「天の上の存在ねぇ。表現的確ねぇ。確かに私たちも美晴のお陰でバンド続けられてるしねぇ」
「私みたいな平々凡々でダサい方の人間が近寄っちゃいけないと思うし、そもそも出会えただけでも奇跡なのに、これ以上何を望めばいいのか、というより、それだけでも満足しなきゃいけないんじゃないかと」
「まぁねぇ。そうね。あくまでダサくて、平々凡々だったらの話だけどね」
どういうことだ?
「時雨ちゃん、メイクしたりする?」
「ファンデーションくらいは」
「よし、じゃぁ、おねぇさんが伝授してあげる」
「え? いや、いいですよ。なにも変わらないですし」
「なに言ってんのよ。これでもファッション関係の仕事してるのよ。腕は十分にあるはず」
空けていた席は1つ詰められ、持っていたポーチから化粧道具がわんさか出てきた。
「教えながら、やってあげるから」
眼鏡を外された。
そこまで目が悪くない。
だから余計恥ずかしいのだ。
「顔真っ赤。チークいらないかしら?」
半分笑っていた。
意地悪だな。
アイシャドウ、アイライン、リップ……。
私はされるがまま、化粧をされていた。
「はい、できた! 簡単でしょ?」
そして出来上がった私の顔をテラコさんは定まらない鏡で見せてくれた。
「まぁ、上手くいかなかったけど、どうかしら?」
正直驚いた。
むしろ、この銀盤は鏡ではなくて絵が書かれているのではないだろうか。
「小悪魔メイクよ。簡単でしょ」
「はい……」
そんな時だった。
彼が来たのは。
カランカランと透き通るベルの音が入口から聞こえ私はそっちを向いた。
「あ、起きたな」
私は恥ずかしくなって顔を背けた。
「あら、恥ずかしいみたいな? 可愛いわねぇ」
なんとでも言ってください。
「美晴、時雨ちゃんにイタズラしてみたんだけどどうかしら?」
これイタズラの部類なんですね。
後ろでコツコツと近づいてくる音がする。
「どれどれ?」
ぬっと出てきた顔に私はまた顔を背けた。
「なんだよ。見せろよ」
「いやだ」
「なんで?」
「なんで?? いや別に」
すると頭を鷲掴みされて首をくるっと回された。
「お、いいじゃんか」
「な! なにすんのよ!!」
手を振り払ってまた顔を背ける。
「そんだけ可愛いのに、なんでわざわざダサくてしてんだ?」
どういうこと?
別にそんな意識ない。
「メイクすれば可愛いよな、テラコ」
「そうね。やった私も結構驚いてるのよね。まぁこれだけ変わると楽しいのだけど」
なんだか余計恥ずかしくなった。
「なぁ、時雨、コンタクトにしろよ」
「な、なんでよ」
「その方がオレのタイプ」
「い、意味がわからない」
「いいからしろよ。じゃないとくすぐりの刑に処す」
「なんでそうなるのよ!」
「あっそ、なら」
私の両脇腹に5本づつの指が触れたと思ったら、それらが不規則に動き出し、優しく撫でる。
「やめ!!」
やばい!
くすぐっ!!
「あははは! やめてってば!」
「コンタクトにするな?」
「だから! な、あははは! やめっ!」
「します、はい復唱」
「しませ! あはははは!!」
「へー、そー」
「わかった! しますします! 助けて! あははは!」
「本当にするか?」
「するって! します!」
「よし、じゃぁちゃんも変えろよ」
そして呪縛から解き放たれた。
笑いすぎて苦しい。
私はカウンターに頭を乗せて、息を整える。
「相変わらず強引ね」
「いいだろ。別に」
「美晴も常日頃から眼鏡外したら」
「なんでだよ。そんなことしたら目立つだろ」
「あら、意外とマイナーよ」
「……うっせ、黙っとけ」
「あらあら」
なんだ? なんだろう。
おかしな間だった。
なんで、黙れと言うだけなのに、あんだけ意味深な間ができたんだろう。
考えすぎだろうか?