26、
電車に乗れなかった。
駅のトイレに篭りバックを抱えて顔を埋める。
声がもれないように。
なんで泣いてるかわからない。
むしろなにに泣いているのか。
美晴はあれでもカッコイイ。
アレスだってことも含めてモテない訳がない。
彼女が出来てもおかしくはない。
否、彼女がいるに決まっている。
顔を上げた。安物の茶色いリュックには涙だと思われる水が染み込まないでそこにいた。
ポケットからティッシュを取り、鼻をかむ。
なんかスッキリした。
全て当たり前だと思えば、必然と諦めがついた。
ティッシュをポケットにしまってトイレの水を流す。
豪快な音と共に吸い込まれていく水を見ると、なんだか今まで溜めていたものが一緒に流れていくようだった。
さぁ、帰ろう。
私はトイレからでて、手を洗い、ハンカチで手を拭いたら、少しだけ乱れた長い髪を手櫛で整えた。
そしてホームに向かう。
時間的に皆帰った後だからホームには人はあまりいなかった。
私はいつも通りに先頭に並び誰もいないこの場を見回した。
なにも無かった。
世界には私一人。
そんな風に思わせる。
遠くに見える山は白く、真上よりは低い太陽により、眩しく輝いていた。
神々しく光る山々は今何を見ているのだろう。
変わりゆく大地なのか。
それとも、変わらない空なのか。
下らない。
変わる、変わらないなんて下らない。
変われないじゃないか。
私は結局何も変われてないじゃないか。
あの時と同じじゃないか。
あんな、闇の中と一緒じゃないか。
汚らわしい。
思い出すだけで体のあちこちが痒い。
アレルギーを起こして、そのまま死んでしまいそうだ。
蜂に刺された時みたいに、息ができなくなって。
「あ! 時雨ちゃん!」
私は誰もいなかったはずのホームに視線を戻した。
未だに私しかいなかったここに、皐月さんが足を踏み入れた。
軽快な足取りの彼女は直ぐに私の隣に立った。
「今帰り?」
「あ、はい」
私は掻きむしっていた肩から手を離して下ろした。
「遅いねぇ。むしろ早過ぎ的な?」
ケラケラとした笑い声が響いた。
「ねぇ、ご飯行かない?」
「あ、いや」
「お金ない的な? いいよー。おねぇさんが奢ってあげるよー」
「そんな、奢るって」
「いいのいいの。何食べたい?」
「あの……別に、」
「あたしはオムライスかな。いい? いいよね。うん、けってー」
なんだ、この無理矢理感。
私に決定権が今あっただろうか。
いや、ない。
そんなこんなで電車が来て、誰も乗っていない車両に同時に足を入れた。