197、
それか確実に私と美月さんを比較するような歌詞なのはわかっていた。
誰かのようであって、誰でもない。
過去は過去、今は今。
彼女は彼女、君は君。
ただ、確かに美月さんの為と言われればそうかもしれないと思った。
「時雨は少しだけ美月に似てる。顔立ちも、昔は眼鏡をかけていたことも。髪を切ったら尚更美月だと思った。アイツは結局美月のことだけを追っていただけなのかもしれない。君にそれを被せて……」
「晋三! それは違う! 確かに姉ちゃんに見えたことがあるよ。でも、それは僕たちが見えてた幻想だよ。時雨ちゃんは時雨ちゃんだよ」
「大丈夫。大丈夫だから。続けてください」
星空くんの言葉は嬉しかった。
それでも、あくまで一説を最後まで聞いておきたかった。
「……話を続けよう。あの二人が付き合っているのを知ったのは事故があった三年後だ。美晴が中2くらいだっただろうか。よく二人で出かけることが多くなり、それを疑ったカジがそれをみんなに言って回った。美月は上手く誤魔化せてたけど、美晴は誤魔化しきれなかった。結局バレて美晴はいじめられる対象になった。それに罪悪感を覚えたのはカジだ。言いふらしたのは自分だが、誰よりも二人の成功を望んだ。そんなある日だ。公園で遊んでいた美晴が見たのは引かれそうになった美月だった。原因は猫だったそうだ。飼い猫のようで、助かったことに歓喜していた飼い主は食事に誘ってくれたそうだが断ったらしい。そのあと呆然としていた美晴に寄っていって『美晴は真似しないでね』美月が泣きながらそう言った。美晴の中では混乱が起きただろうよ。いいことをしたのに、自分には真似するなと。矛盾も甚だしい」
あの日と何故か一緒だ。
私が、もうするなと言ったそれを、彼はした。
「そのすぐあとだったな。美月が入院したのは。助けたあの日にひどく体を打って古傷が開いたって言われたよ。彼女はその時に出会ったんだ。土門と。それで退院したら美晴と二人で出かけることはなくなった。一時的に美晴も落ち込んで、それ以降口数が極端に減った。そのあと、土門のオヤジさんの誘いで、土門とバンドを組んだ。若かった。まさかこんなガキと組むとは思ってもみなかったしな。何故組ませたのかは直ぐにわかったけどな。美月が好きなのはこの男。いや、この男が美月が好きなのかってオレはそう思った。案の定、美月が孤児院を出てすぐに、そこにいることがわかった。なかなかふざけたもんだよ。『この下手っぴをプロ級にまで育ててくれ。オレの最後の願いだ』オヤジさんはそう言って死んでいったな。それからあの2人で苦しみながらあの店を回しているのにオレらはハラハラしながら見ていた。仲良くやってたよ。ホントに2人は。それを美晴はどう見ていたんだろうな。そのあとの結末はご存知の通りだ」
もしだ。
もし、2人はお互い好きなまま違う道を歩んだのなら。
美月さんなら、きっと、いじめられ始めた彼を守るために、その別れを選んだのであれば美晴はどんな気持ちだったのだろう。
もし、美月さんが死期が近づいているのを悟って美晴の元を離れ、自分を求めている人と共に過ごす道を選んだのであれば。
もし、それを美晴が全て知っていたのであれば。
実ことのない恋を、自分の手で作ったのであれば、美晴はどんな気持ちだったのだろう。
「美月の死因は、働き過ぎだった。ホントは運動を止められていたのだが、土門には言ってなかったらしい。自分の病気のことを」
もし、美晴が強く美月さんを引き止めていたのであれば死ななかったのであれば。
『美晴の罪』
カジくんが言った言葉。
「美晴の罪は、事故に合わせたことじゃなくて、美月さんを見殺しにしたことじゃなくて、美月さん自身を愛せなかったことですか?」
「それは知らない。それを知っているのはカジだけだ」
愛すことができなかった。フラれたから。
愛すことをやめた。自分のために。
愛すことを忘れた。自分から離れたから。
もし、これが正しいのであれば。
私の推測が正しいのであれば、右手に持ったこの歌詞の意味がそうであるならば、私は正気でいられないかもしれなかった……。