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しぐれぐむ  作者: kazuha
しぐれぐむ
194/200

194、




 葬式は身内だけで行われる予定だった。



 どこから情報を得たのかカメラとマイクを持った人達が入口付近で張りこんでいた。



 まったく、目障りだ。



 普通なら棺は中に入った人の顔が見えるよう開くようになっているのだが、私の時と同様にその扉は堅く閉ざされていた。




 この場にはサチレメンバーはもちろん、皐月さん、私の家族、奈保美さん、カジくん率いるダンドリオンのメンバー、マネージャーさん、さらには孤児院の子供たちまで来ていた。



 なかなかの人数だが、そこまで時間がかかることでもない。




 お経とお焼香の香りが辺りを充満して悲しみを演出させていた。



 あれから何日が経ったのだろう。



 テレビでは大々的にその突然な死を報道し、ライブも中止。


 チケット代は返却され、事実上は大赤字。


 そして、サチレが急遽解散を宣言し、その短すぎた時代に幕を閉じた。



 テラコさんと晋三さんは運良く元の会社に戻ることができたらしい。



 土門さんはカフェに戻り、星空くんはソロでアイドルまがいのことをやると言った。



 私はどうしよう。



 むしろ、私自身生きている意味があるのだろうか……。



 美晴がいないこの世界に私の存在は必要なのか。



 いま、それだけが私を飲み込んでいた。





 最後まで、美晴の顔を見ることはなかった。


 遺体を焼いている間、皆は話をしているが、私はそんな気分にはなれなかった。



 骨は本当に粉々だった。



 残ったのは片足の大腿骨と頭蓋骨が3割くらいだった。



 この少ない骨をみんなでゆっくり、壺に入れていった。




 ここまで終えて、外に出ると私たちの顔をカメラが捉えた。



「急死の原因は?」

「彼女さんですよね! 今のお気持ちは?」

「サチレは解散するんですか! どうなんですか!」

「柘植さんがアレスだというもっぱらの噂は本当ですか!」

「柘植さんの浮気報道が原因で殺されたのではないかとネットで上がっていますが真実ですか!」

「彼女さん! お名前は!」



 そんなこと知らないよ。

 私が教えて欲しいよ。

 どうして死んだなんかとうの昔に忘れた。


 うつむく。

 ただ、なにもわからないから。

 自分の名前も忘れるくらいに。





「ごっちゃごちゃうるせぇなボケが!!」



 急に私の目の前に出たのはカジ君だった。


 カジ君が1番近くにいた人を蹴り飛ばした。


 その人は転けてしまう。



「んなこと後で俺が全部教えてやる! それじゃ不満かてめぇら!」



 怒鳴り声。


 それで急に静かになり、道が開けた。



 報道陣の真ん中をゆっくり進む。



「彼女さんですよね?」



 それでもしつこく、私の目の前にマイクが出された。



「だからうるせぇ! コイツは俺の女だ!!」



 マイクを奪いそれを投げつけた。



 それ以降はなにもなかった。







 翌日から美晴の死亡原因と共に私とカジくんの恋愛報道が流された。



 美晴のことは一週間くらいでテレビから消え、恋愛報道だけが今ひとり歩きを始めた頃合だった。




 私は星空くんと晋三さん、そして奈保美さんと共に美晴の借りていたマンションの一室の片付けをするために訪れていた。



「ねぇねぇ、時雨ちゃん。これ、武道館でやるはずだった、本気の新曲だよ」



 星空くんにそう言われて見たのはパソコンの前にあった一枚の紙とCDだった。



「聞く? やめとく?」



 やめる?

 その選択肢が許されるのであるならば聞きたくない。

 思い出したくなかった。

 辛いだけだから。



「時雨ちゃん。私から言えるのは聞くべきだってことね。どんなに辛くても」



 奈保美さんの一言に私は頷いた。



 この部屋にある少し大きめのコンポにCDを入れて私は紙に目をやった。




ーーーー題名・しぐれぐむーーーー




 誰かに似てる君

 一目見たとき気になって

 誰にも似てない君

 オレのものにしたくて


 嫌いだった青の眼鏡も

 ただ伸ばしているだけの髪も

 今じゃその面影もなくなって

 まるであの人のように美しくなって

 あの人がここにいるようで

 君はなにも知らないで笑う



 雪が舞う

 青空に舞う

 日の光で輝く花雪(はなゆき)

 君の無邪気に喜ぶ声も

 楽しそうな笑顔も

 あの人と重なって


 月が光る

 綺麗な満月

 あのピアノが響く去り年

 君への罪悪感は深く

 泣きそうなオレの横に

 あの人はいない




 ネガティブな君

 まだオレの気持ち知らないで

 笑っている君

 輝いている月


 永遠を誓えばまた

 空に舞う輝き2人包んで影を消し

 身を寄せ合うように風が背中を押す

 彼方に見える地平線の

 輝きの向こうに

 離れ離れに


 雪が舞う

 青空に舞う

 別れを嘲笑う風花(かざはな)

 互い涙し期待を背負うと

 君の笑顔も見ずに

 出発する


 月がかげる

 綺麗な月が

 ネオンに曇る白華(しらはな)

 重なり解けて

 君を真っ直ぐ

 見つめられる



 幾千月日流れても

 幾度試練が訪れても

 離れていてもお互い力を出し合い

 幸せの意味を伝えあった

 まだ、愛していますとしぐれぐむ



 雪が舞う

 青空に舞う

 別れの意味を告げる風花

 それは戯言だと笑い

 再び手を取り

 いま日照りの中


 花が舞う

 あでやかに舞う

 季節はずれの千本桜

 目に映る幻想

 2人でずっと

 眺めているよ









 その意味を悟ったときにはすでに私がしぐれぐんでいた。




ーーーーしぐれどきとしぐれぐむ、バカだなホントにバカだよ、自分の文字が汚くて読めなかっただけじゃないか!!



 これが彼の答えだった。

 サプライズとしては低級のものだ。

 だけど、まだ謎が残っていた。

 この歌詞の中にも。




 それはきっと、ここにいる人が答えてくれる。



「あの、奈保美さん。教えてください。私は平気なんで。美月さんと美晴の関係を」




 涙が止まらない。

 そんな私の背中をさすっているのはきっと星空くんだ。



「お願いします! 本当に!」



「……。わかった。本当は話さないで欲しいって言われてたけど、死んだあとじゃ関係ないからね。口約束なんて」



 一粒の息を呑んだ。



 しかし嗚咽と共に直ぐに出ていってしまった。


「落ち着いてからにする?」

「いま、今、お願い、します」

「わかった。順を追うわね。それはまだ君たちがガキんちょの頃の話だったわ」



 また一粒の息を呑んだ。



 金木犀の香りが私を包んだ。





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