19、
一緒に受付をやることになっていたのは、美晴のところのベースの人だった。
軽く挨拶をしただけで、今は2人でダンドリオン目当てに来る人のチケットを受け取っているだけだ。
かくいう私は今日のパンフレット的なB4の紙を配っているだけなのだが。
いつの間にか始まるロック。
私も間近で聴きたいと思うが、仕事は仕事だった。
始まると、来た人の集計とかなんとかをこなす。
「はぁ、」
バイトもしたことがなかった私は、この過酷なまでに頭を使うことで疲労していた。
思わず出たため息。
「大丈夫?」
「あ、はい」
信夫晋三さんはホチキスで最後の資料をまとめていた。
「バイトとかしたことなくて、全然なれてなくて」
「そうなのか。……まぁ、もう少しだ。これ飲んでもう少し頑張れ」
手渡されたのはオレンジジュースだった。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
口数が多い人ではなかった。
だけど、気配りや仕事の速さはピカイチで誰からも信頼される人だと、ドリンクを作っている人が暇だからとこっちに来て話してくれた。
「晋三さんって社会人だよね?」
「そうだ」
「ひまなの?」
「アホか。明日も朝からあるよ」
「え? 日曜だよ明日」
「あるんだよ」
へぇ。社会人で、バンドやって、生半可な気持ちじゃないんだな。
「でも大変じゃない?」
「あぁ。そろそろオレも引退時かもしれんな」
え?
「辞めちゃうんですか?」
私は思わず会話に入ってしまった。
「仕事じゃないぞ」
「あ、ですよね」
「なーんだ。そっちじゃないのか」
ドリンクの人は茶化して笑い、そろそろ休憩だと言って持ち場に戻っていった。
少しだけ気まずい空気が流れた。
だってまだ会ったばかりなのに、知ったばかりなのに、好きになったばかりなのに、無くなっちゃうなんて嫌だった。
「続けてください」
「……」
「これでも、まだ1回しか聞いてないですけど、これでもファンなんで。えーっと……」
「 Schnee leuchtet 」
「そう、それ」
「いいよ。サチレで。発音しづらいだろ」
サチレ。
言いづらいけど、確かに発音し辛かった。
「まぁ、まだやるつもりだから大丈夫だよ」
「は、はい」
「――――それでも、辞めなければいけないのであれば……」
言いかけてやめた。
それを知る意味はわからなかった。
いや知らない意味なのかもしれない。
何歳年上なのだろう。
私から見たらもう30代な気がする。
彼から見たら私なんてガキの部類に入るのだろう。
何を言っても、励ましにならないし、まして決意をネジ曲げるなんてもっての他だった。
言葉をなくした私に晋三さんはこう言った。
「とにかく、美晴のことは見守っておいてくれ」