189、
夏真っ盛り。
武道館ライブを告知してから5ヶ月経った。
私は既にライブチケットを手にいれ尚且つ新幹線の切符も買った。
はやいように思われるだろうが、私にとっては手元にないと不安なのだ。
そういえば、美晴が大胆発言をしてから雑誌やらネットニュースでは度々美晴に愛人説が語られる。
しかしながらどれも的外れでありえない。
時折、1度も会ったことのない女優ともそういう話になったりしていて否定するのも疲れたと嘆いていた。
美晴の過去。
メディアを通じても明らかにならないそれは、私が最も知りたいものだった。
そこになにが隠されているのだろうか。
私にはわかり得なかった。
それでも、私は彼の秘密の1つとしてあるのであればかまわなかった。
中に入れば、その内わかって来ることだろう。
テレビを消した。
今日は予定がある。
奈保美さんに呼ばれたのだ。
立ち上がり麦わら帽子を被っていつもの所へ向かった。
皐月さんからメールがきて、その内容が奈保美さんからだったのだ。
ちょっとお茶しましょう。
それだけだが、なにかを話す時でも来たのだろうかと期待をしている。
どんな話なのだろう。
カフェの中は冷房がよく聞いていた。
店内はピーク帯のようで人で溢れ帰っていた。
私は迷惑をかけないようにいつもの場所に座った。
皐月さんはあちこち歩き回りながら全てをこなしていた。
なかなかすごい人だ。
私の目の前にいつもの紅茶が来たのもすぐだった。
ごめん、これでええよね?
そう一言だけ置いて厨房に入っていった。
キンキンに冷えた紅茶。
真夏の正午には体に染みるような品だ。
ストローで飲み、喉を潤すと急にピアノが鳴った。
その瞬間、お客さんの視線がその音に向かった。
それは、私のよく知っている曲だった。
よく、美晴が鼻歌で奏でていたメロディだった。
私もピアノに視線を向けると、若い茶髪の女性が気持ちよさそうに奏でていた。
皆、忙しいはずなのに食べる手が止まる。
その美しさ故に。
太陽がよく当たる場所だ。
髪が輝き、鍵盤を叩いている手は妖精が遊び回っているかのように鮮やかに動いていた。
真夏の精。
皆が同時に思うことだった。
その曲が終わると皆、その忙しさを忘れて拍手を送った。
その人が立ってお辞儀すると、髪は真っ黒に戻った。
そして、奈保美さんだったことに今更気づいたのだ。
「どうや? すごかったやろ?」
突然の意識への乱入に私は体をビクつかせた。
「そんな驚かんでもええやん」
「あはは、皐月さん。ごめんなさい」
奈保美さんは私を見るなりウインクをして見せた。
私はそれに笑みで返し、更に拍手を強めた。
その拍手は奈保美さんが裏に下がるまで鳴り止まなかった。