185
へぇ、そうかぁ。
驚きはなかった。
素直にそれを理解し受け入れた。
紅茶を啜る彼女はカップを外すとにこやかに笑った。
「あれで昔はかっこよかったのよ。お腹も引っ込んでたし」
皐月さんがまた暇になったのかカウンターに座った。
「まぁ、だからどうしたって感じよね」
「まぁええんやないですか? 馴れ初め的なのも聞きたいですし」
「馴れ初め? 教えないわよ」
短い髪を少しだけ上げて耳を出した。
「まぁ、であったのはあの公園の秘密の場所よね」
「秘密の場所?」
「そう、秘密の場所」
皐月さんは首を傾げた。
きっと何を言っているかわからないからだろう。
私にはわかる。
その秘密の場所を。
「ニュースでなんとか流星群が12時に流れるって言うから、私は1人で公園の星見ヶ崖に向かったわ。まぁもちろんのことたくさんの人で溢れかえってたけどね。だから進もうにもなかなか進めなかったのよ。だから近道を行くつもりで横の茂みに入って抜けようとしたわ。そしたら道に迷った」
確かに、あの場所にたどり着くには、教えてもらうか、迷うかしかないんだろうな。
「もう、泣きべそかきながら歩いてたら、やっと開けた場所に出たのよ。そこはライトもない場所だったけど、月明かりでやけに明るく感じたわ。やっと着いた! そう思ったけど実際には違ったわ。あんだけ溢れてた人が全く見当たらないのだから。それで絶望に落ちたわ。そしたら後ろから晋三、しんちゃんに声をかけられたわ」
『なんでここにいるんだ?』
『迷った』
「会話はそれだけだったわ。私は涙で顔も見えなかった。ただ、手を引かれて、唯一あるベンチに座ったわ。彼は顔を上げるの。私も上げて見たわ。流れ星」
なんともロマンチックな話だ。
久しぶりに面白そうな小説を読み始めた気分になり、心がキュンとした。
「へぇ、なんかええなぁ」
「いやぁ、それから酷いもんよ。その日は良かったんだけどね、彼が孤児だとわかったとき、私の親が彼と付き合うことを断固拒否したわ。私はムリヤリ押し通そうとしたけど、それをしんちゃんが認めなかったわ。実質別れた。それから4年だったかしら。全く会わなかった。あったのも、私がたまたま行ったライブで彼がテラコさんとあとそのほか2人でやってたときだったわ。私は遊びで来てたからそれに驚いちゃってね。よく聞けば、就職先は銀行だそうじゃないですか。もう一度やり直せないかって。聞けばオレもずっと待ってた。認めて貰うために銀行に就職したそうな。もう、直ぐにゴールよね」
かなり省いているけど、ものすごい人生だ。
ただ、ここで1つ疑問が湧き出た。
「あれ? 晋三さんって今仕事は何をなさってるんですか?」
「今はバンドよ」
「あぁ、こっちにいた頃のです」
「あぁ、銀行よ。ずっと続けてたのよ」
「なんで、そんな待遇がいいはずの場所をやめてまで、バンドに集中したんですか?」
「そんなの簡単よ。銀行でもお金が足らないの、あの孤児院をやっていく為には」
何かが引っかかる。
とうとう、パズルの枠組みが終わったようで、後は、それぞれの重要ポイントを埋めるだけのように、出来上がっていた。
「しんちゃんもね。今では経営者だけど、あの場所に執着してるの。まぁ、それは本人に聞いてってことにするけどね」
奈保美さんは時計を見ると直ぐに立ち上がった。
「おっと、そろそろ帰らないと。洗濯物取り込まなきゃ。じゃぁね。時雨ちゃん。皐月ちゃん。お代はいつも通りね」
「大丈夫ですよ。いつも通りで」
そう言って走って出ていった。
軽い音と共に金木犀の香りを置いていって。




