183、
どうしたの?
メールを送り返すまでは案外冷静だった。
心配のゲージは振り切れてる。
受信時間を見れば1時間前に送られてきていた。
まさか、そんなバカなことはしてないよね?
私の送ったメールも10分くらい返って来ない。
そんなことザラにあった。
なのに、なんでこういう時に直ぐに返してくれないのよ!
落ち着くことができず、ただメールを待つ。
何度も電話をかけようとしたが、その声を聞くのが怖かった。
ただ待つだけ。
待てばいい。
私は彼がバカなことをしていなければそれでいいと思っている。
あぁ、早く返事が……。
バイブル。
その後にサチレの曲が携帯から流れた。
それは美晴からの電話だった。
直ぐに出る。
「もしもし!」
「すまん。ちょっと曲書いてた」
それは疲労しきった声だった。
普段はそんなこと無いのだが、痰が絡んだような声だった。
「あのさ、なんか、さぁ……」
なんて言えばいいんだろう。
まったくわからなかった。
「オレ、ダメだな。ホントに」
美晴は自分を嘲笑うように、生気なく笑った。
「創りすぎだってわかってるし、いつも通りでいいってのもわかってる。でも、なんか納得できなくてさ。適当に並べた音符がどっか逃げるみたいに、和音ができあがらないんだよ。ただのFのはずなのに、なんか変な音がいっぱいいるんだ。なんでだろうな。ホントにバカみたいだよな。必要ないよな、ははは……」
前向きにしてくれた彼が、底なし沼にはまった。
それも、もう肩まで埋まっている。
私にはそう見えた。
携帯越しでもパソコンをいじる音がする。
それも、だいぶ苛立っているようで、殴るようにキーボードを叩いている。
こんな状態にしたのは誰だろう?
却下し続けたマネージャーか?
最近好調な星空くんか?
世の中の期待の目か?
自分自身のプライドか?
いや、私との約束だ。
彼に頑張れと言い続けた、早く武道館に連れていってと言い続けた私だ。
「美晴。お願いだからパソコンやめて」
「なんで? はやく書かないと」
「やめて。私のお願い」
「いやだ。頑張らないと」
「やめて。ホントに……。……お願い」
キーボードの音が止まった。
「なんで? はやく会いたいだろ?」
声が震えていた。
「会いたいよ。でも、そんなに無理して欲しくない。ゆっくりでいいよ。私は待てるから。ね? 美晴には頑張って欲しいけど、頑張らないで。頑張らない美晴が1番綺麗な歌詞を作れてたと思うよ」
声は返って来なかった。
ただ、無音がお互いを包んだ。
電話越しでもわかるその体温。
「ね。美晴。会う前に自殺されちゃ、私も悲しいよ」
「うん……」
「あ、明日みんなで遊びに行きなよ! 私から言っておくから。そうだそうしよう。明日はお仕事しないでね」
「うん」
「じゃぁね。大好きだよ」
返事を待たずに切った。
これ以上は冷静さを保てなかった。
とにかく、星空くんにメールだけ送っておかなければ。