172、
時雨が降る夜。
今日は私の誕生日だった。
皮肉なものだ。
私の誕生日に時雨は降り、そして明日の大安に彼らは出発してしまう。
なんとも皮肉なものだ。
美晴は私の誕生日なんかを忘れているかのように、明日の準備をしていた。
既にフライパンやらパソコンやらは送ってしまっていて、今あるのは3日生きれる分の服や下着だけであった。
それらをかなり大きいキャリーバッグに入れている。
私はそれをただ、つまらなそうに見ているだけである。
失敬、言葉の選択を間違えた。
つまらないし、面白くもない。
そんな私に気づかないのか、1人楽しそうに準備をしている。
はぁ。
部屋を見回した。
今までの物が何もない。
一緒に寝たベットだって、ご飯を食べた机だって、1日1本にまで減ったタバコの吸殻を捨てる灰皿だってない。
蛻のからというやつなのだろう。
ここでは寝れないので、今日も家に寝に来るみたいだった。
なら、始めから来いよと思ったが、片付けたいものが沢山あるらしかったので、その片付けに時間を割いたのらしい。
ホントよくわかりませんよねぇ。
「っよし! 終わり!」
キャリーバッグを強く締めると鍵をかけた。
「行くか」
「うん」
私たちはその部屋から出る。
名残惜しいなんてもんじゃない。
ここにはくだらない記憶が沢山詰まってる。
とても大切な記憶。
そこまで高くないヒールの靴を履くと、部屋に向かって一礼する。
「なにやってんだ?」
「一応、お礼をね」
私はもう何もない部屋をあとにした。
大家さんに鍵を返したあと、車に乗り込んだ。
車は後日、カジくんがこっちに来てレンタカーとして乗り捨てた後、乗って東京まで行って返すらしい。
なんかよくわからないけど。
車に乗り込むと、少しだけ荒い運転で出発した。
私の家まで。
っと思った矢先、あの十字路を右のはずが、まっすぐつっ切った。
「え!?」
「あぁ、あってるから」
ワイパーがゆっくりと動く。
しかし、いつの間にか時雨も止み始めていて、月が雲の合間から見えていた。
きっと明日は、晴天の空だろう。
行先を考えても無駄だろう。
そこまで土地感があるわけでもないから今どこら辺かもわからないし。
そんなこんなしてたら、公園についた。
街灯がやけに明るいこの場所の落ち葉はある程度まとめられていて、木々は寒そうにその身を寄せあっていた。
「ついてこい」
美晴が降りるものだから私も降りる。
既に雨は止んでいた。
傘も車内に置いて美晴の手を取り知っている公園を進んでいた。
整備された道を途中まで進んでいたが、美晴が方向を変えた瞬間にヒールがぬかるみに入る。
動けなくなる程でもなく、少しだけ注意しながら美晴についていく。
やっとこさ着いた場所は、カジくんにも連れられた場所だった。
そこは腐った木のベンチが1つあるぐらいで、他には崖にしっかりと柵をかけられているぐらいだ。
「秘密の場所なんだ」
ベンチの前に行きしゃがむ。
「ほら、これがオレの好きな景色だ」
私もしゃがんで美晴と同じくらいの視線に合わせる。
するとどうだろうか。
柵の奥には水平線が見える。
月が真ん中にあり散りばめられた星々は海に反射して無限の宇宙の様な幻想を見せていた。
飲まれる?
いや、もう飲まれている。
この風景も2度目だが、なんだか新鮮な感じだ。
ここでは天の川が見える。
街灯ひとつないここでは、自然の光だけが私たちの目に入る。
優しい明かり。
美しい月を真ん中に、幾千の星が包む。
名前の通りなのだろう。
美晴が立ち上がった。
「卒業したら、東京に来いよ。別に就職しなくても、オレが養ってやる。だから、な」
なんですか?
中途半端なんですよ。
女の子は、そんな回りくどい言葉なんかいらない。
美晴の歌詞がワンパターンでつまらないなんて言ったけど、その直球な言葉が私とかの心に響いた。
だから、ここで言って欲しかった。
たった一言を。
「うん。わかった」
臆病者。
私はそうだ。
眼前に見える風景は暖かく私たちを見守り、月明かりの下、二人きりの時間が刻一刻と刻まれていく。
明日には当分のお別れだ。