170、
美晴が東京に行く日が、来週にまで迫っていた。
既に私の荷物は必要最低限にまでしてあった。
学校でつまらない授業を受けながら、そんな喪失感と、そろそろ始めなければいけない就職活動と、精神的に不安定であった。
本当であったら、就職活動を美晴に手伝って欲しいし、そもそもこんなところで無駄な時間を過ごしたくない。
だって、まだ美晴と2人で遊園地も動物園も水族館も行っていない。
もっと色々な所に行きたい。
シャーペンの芯が折れた。
我を忘れるなんて私らしくない。
最近こういう現象が多い。
これが病なのだろう。
噂に聞いていた恋の病。
溜め息を吐いてシャーペンを2回叩いた。
チャイムが鳴ると私はすぐに立ち上がった。
今日はいつもの場所に行く。
私一人で。
美晴はなにやら色々な手続きをしているみたいで朝と夕にしか会えなくなっている。
なので、急いで帰っても暇だし、なにやら皐月さんが新しいデザートを作ったから試食しに来て欲しいらしいので久しぶりに慣れた道を行く。
相変わらず軽い音を響かせて中に入った。
時間は15時なのに、人がたくさんいた。
おばさんたちがメインだが、中にはOLだろうスーツの女性や、紙を添削している男女、外を見ながらノートパソコンを叩いている人、なんだか、カフェらしい客層になってきた。
私はいつもの所に座る。
2人とも厨房で忙しなく料理を作っているようだった。
好んでカウンターに座る人はこの時間にはいないようだ。
ベルの音にようやく顔を出せるのか、のれんから皐月さんの顔だけが出てきてキョロキョロと辺りを見ていた。
「あ! 時雨ちゃん! 何飲む?」
「あ、手が空いたらでいいんで」
「いやいや、お客様に飲み物くらい出さへんとー」
すっと体が出てきた皐月さんは手際よくオレンジジュースに手をかけた。
「あ、紅茶がいいです」
「お! ダージリン?」
「はい」
「アイス?」
「ホットで」
そこまで答えると直ぐにポットとカップが出てきた。
「はやい」
「レモンいる?」
「あ、はい下さい」
お皿に入れられたレモンが2つ出てきた。
それは綺麗な円を描いていた。
「新作のデザートでしょ? ちょっと待っててやー」
「あ、はい」
のれんの奥に消えていった。
私はポットの蓋を取って今入れられたばっかの紅茶を見た。
湯気がもわっと上がる。
湯気がある程度無くなると中の液体がみえた。
まだ薄い。
注ぐのを後にしてポットに蓋をして少し待つ。
なにも変わらない。
それは見た目だ。
並べられているお酒も、壁のシミも、存在が荒んでいるピアノも、なにも変わらない。
変わったのは、皐月さんと言うお姉さんが働いていることだろう。
それだけで雰囲気がガラッと変わった気がする。
今までは暗いイメージがあったここも、今では普通のカフェと同じだ。
いや、それ以上なのかもしれない。
紅茶をカップに注いだ。
上がる湯気は上品にかつ芳ばしい香りを放った。
美しい金に輝く液体は透き通り奥の白いカップの色が見て取れた。
そこに先ず角砂糖を入れしっかり溶けたあとにレモンを入れた。
少しだけ重たいカップを持った。
それを口に運び熱いだろう紅茶を恐る恐る口に入れた。
口に液体が入った瞬間、口中に広がる芳しい香りに日頃の疲れと不安感が浄化するようだった。
美味しい。
そんなこんなしていたら目の前に大きなパフェが出てきた。
「お待たせぇ。名付けて『しぐれパフェ』!!」
いや、その名前はないでしょ。
パフェは黄、緑、白、3つの色の違うアイスにみかん、洋梨などフルーツが色鮮やかに乗っている。
「召し上がれ」
細長いスプーンを手にとった。
ネーミングセンスは置いといて、美味しそうなのだ。
女心を誘うこの感じには私の食欲も黙ってはいないようだった。
大量の生クリームと共に緑のアイスを食べる。
「りんご?」
「ご名答。因みに黄色はマンゴー、白は白桃やで」
それを聞いて食べないでいられるか。
夢中で食べていたらいつの間にか無くなっていた。
食べ終わって少し食べ過ぎたことに気付いた。
その頃には周りの人たちはほとんどいなかった。
皐月さんはテーブルの片付けをしていた。
私は口の中の甘い香りを流すために紅茶を飲んだ。
温い。
そして甘い。
逆にマッチした、なんともいらない発見だった。
新しい紅茶を入れて今度は砂糖を入れないで飲んでいた。
さっきより色が濃く出た紅茶は少しだけ苦味を感じた。