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みんながお店に着いたのは、予約として指定されていた時間より30分遅れた時間だった。
サチレ以外にもスタッフとして手伝ってくれた人たちもいて、かなりの人数だった。
もちろん、私以外はみんな生ビールなので、全部出揃うくらいには予約開始の45分は過ぎていた。
お店側としては迷惑なことだろうが、あまり気にしない。
最初の1杯はオレンジジュース。
グラスを片手に立ち上がる。
それは皆一様にそうであり、星空くんが堂々とど真ん中に立った。
「皆さんお疲れ様です!!」
星空くんの声をオウム返しするスタッフ一同。
「大成功を納めたのも皆さんのおかげです! ですので、今日は盛大に楽しんで行きましょう!!! 乾杯!!!」
「乾杯!!!」
乾杯という言葉がとてもうるさかった。
カンカンと合わせられるジョッキの中身をほとんどの人が一瞬で飲み干していた。
次々に注文していく料理や飲み物はどんどん机の上を埋めていく。
私はフライドポテトを食べていた。
誰が策略したのか、それともこれが自然なのか、隣には美晴がいた。
既に3杯目の泡を飲んでいる。
「飲みすぎないでね」
「わかってるよ」
いきなり、おーという声がこっちにまで届いた。
それは土門さんがいつの間にか上半身裸になっていて、両手にはビールの入ったジョッキ。
それは中身が空なのできっとどっちも一気飲みでもしたのだろう。
その隣ではテラコさんが新たなビールの入ったジョッキを2つ持っていて、次は誰に渡そうかと悪魔のような微笑みで辺りをキョロキョロしていた。
晋三さんは女の人とふたりっきりで飲んでいる。
あれ? どっかで見たことあったような……。
あ! あの孤児院の人だ!
確か、奈保美さんだ!
なんでこんなところにいるのだろうか……。
それより、なんで晋三さんとふたりっきりなのだろう。
「やぁー時雨ちゃん。飲んでるのー?」
「うわ!」
どこから湧いて来たのかテラコさんが私の隣で泡のないビールの入ったジョッキが2つ目の前に置かれた。
「さぁ、飲もうかー」
この人もう酔ってる!
「ほらほら」
「いやぁ」
「こらテラコ! 時雨ちゃんにムリヤリ飲ませないの!」
ここで星空くんがテラコさんの耳を摘み私から距離を取った。
「えー。淫乱な時雨ちゃんみたいーー」
「飲んでもそんなことにはなりませんから!!」
隣の美晴は笑ってただ見ていた。
「もう、美晴!!」
「すまんすまん。淫乱な時雨を想像したら面白くてなぁ」
「怒るよ!!」
「怒れるの? 知らなかった」
「知らない!」
もう、めんどくさいこの人!!
そっぽを向いていたら皐月さんがここから出ていくのを確認した。
あぁ、もうそんな時間か。
後は誰にもバレないようにするだけだ。
「あれー? 皐月ちゃん消えたなぁー」
早々にテラコさんが気づいた。
さすがに早すぎる。
「え? トイレに行ったんだよ」
「そ、そうですよ! トイレですって」
思った以上に大きな声が出た。
周辺の視線がわたしに向いた。
「どうした? 時雨ちゃん? なんか飲んだ?」
「い、いやいや。 なんでもないです……」
しくった……。
今のは明らかにおかしな人だ。
「どうした? 熱でもあるのか?」
美晴が私の顔を自分の方に向けて、手馴れたように前髪を上げておでこをおでこに当てた。
「どわ!」
思わず離れてしまった。
この場でこんなことされたら恥ずかしくて仕方がない。
しかも注目を浴びてるこの場で。
「あぁ、熱はないね」
「だからなんでもないし! ってかなにしてんのよ!」
「え? 心配だし」
なんかデレたんですけど私の彼氏!
そんな時だった。
「東京進出おめでとう!!!」
皐月さんが花火がパチパチ言っているケーキを持ってきたのは。
誰もその状態を理解できていなかった。
ただ、ケーキが真ん中に置かれたときにみんなが拍手やら指笛やらをする。
「あたしと時雨ちゃんからの祝いのケーキやで!!」
「図ったな!」
「いやぁ、まさかあれが狐だったなんて」
「化けてはないぞ」
「いやいや、名演技だなって」
私はただいじられていただけです。
でも結果的にサプライズが成功して良かった。
私はオレンジジュースと間違えてビールを飲んでしまった。
不味かった。




