165、
会場は暗くなる。
すーっという音がホール全体に流れ舞台上を煙が覆った。
そこに、たった1人の、赤髪の人が出てきた。
それは間違いなくサプライズであり、それでいていつもしている伊達メガネがないスラッとした顔立ちは霧の影からでもよくわかる。
赤髪が舞台の真ん中に立つ。
たった1本のギターを持って。
会場の人はこの状況を飲み込めていない。
段々と霧は晴れていき、その鮮やかなまでに紅い髪と瞳が一瞬で私を捉えた。
「I love you. Ms my princess」
びっくりした。
アレスがこんな声で歌うなんて思っても無かったからだ。
少しだけ憂いのある、それでいて男らしい低音が耳を溶かすように駆け抜けていった。
もはや卑怯だ。
伴奏もギター1本。
あくまでもバラードではなくロックやそこらへんらしく、8ビートで掻き鳴らしている。
洋楽なのだろうか?
全て英語だった。
聞き取れたのは最初だけで、他はよくわからなかった。
私はサイリウムを1番が終わった今更に点け、激しく振った。
そしたら私に気づいたようで私を見てウィンクをしてみせた。
それに私の周りの人がキャァも悲鳴染みた声を上げる。
残念でした。
あれは私のものです。
2番になる前奏でベース音が聞こえた。
いつの間にか晋三さんが左の方でベースを弾いていた。
いつものようなスーツ姿ではなくラフな服装だが、それすら少しカッコイイと思わされる。
ベース音に釣られてか次はドラムが、今まで流されていた8ビートを引き継ぐように心臓を揺らす音でバスドラムを踏んだ。
相変わらずのバンダナは真っ黄色だが、少しだけ黒ずんでいるようなものだった。
そのバンダナで目は影ってよく見えないが、瞳は輝き浮き出していた。
この3人だけで十分なほど曲になっていた。
別に2人はいらないんじゃないかと思わせるほどに。
2番に突入しても、2人の姿は無かった。
やっと落ち着き始めた曲調に耳を傾けてサイリウムを振り回している。
赤色にしたのが意外と成功だったみたいだ。
サビに入る直前の盛り上がりで、ボーカルにハモリが聞こえた。
それは1つだけでなく、上に2つだ。
ギターの重音が増えたと思うと、キーボードの次に向かう流れ星が聞こえる。
それはクリスマスツリーに飾る人形や綿で作る雪の飾りのようだった。
そのままハモリは続行されて完璧な状態でサビを終わらすと、圧倒的なかっこよさで一曲目を終わらせた。
これが、本気。
いつの間にか霧は晴れていた。
ドラムの後方にはでかでかとこのライブの題名が書かれていた。
『祝、東京進出!』
まったくなんとダサいのだろうか。
「皆! 元気かな!」
急にマイク越しに聞こえる星空くんの声。
会話でもその透き通る曇り1つさえ感じさせない声色を聞くと絶好調なのだろう。
いつものように会話でもテラコさんが伴奏を流している。
それはクラシカルなものでこの場では不釣り合いなのだが、何故か聞く側はそれを受け入れてしまう。
「いやぁ、みんな元気そうだね!」
そういえばいつの間にかアレスがいない。
着替えでもしているのだろうか?
「もういないけど、ゲスト出演はアレスでした!! 皆拍手!」
その拍手は轟音のようだった。
前の方にいる私は後方からのそれに少しだけ耳を塞いだ。
「でもまだまだだよ! これからが本番だ!」
ピアノの伴奏が段々と変わってきたのがはっきりとわかった。
それが始まりと言わんばかりにドラムもビートを叩き始めた。
ようやく着替え終わった美晴はカッコつけに黒いマフラーをしていた。
暑くないのだろうか?
「皆集まったね! よし! 今日は僕たち Schnee leuchtet の東京進出祝いライブ! 今までの総集編とでも行こう! 皆、飛んで跳ねてはしゃいで、僕たちを祝ってくれ! それじゃ行くよ! シンセサイザー!!」
ピアノの音色が一気に機械音と化して星空くんの言葉をかっさらっていった。
どうやらこの曲を私は知っているようだ。
いつだっただろうか。
覚えてないけど初めてじゃない。
途中のギターソロが好きだからだ。