161、
オレンジジュースが出たあと、いつものようにオススメを注文して待つ。
お客さんとして1番最後に来たので、周りが段々と帰っていくのを見てランチ帯が、終わったんだなと感覚的に察した。
そしてオススメとして出てきたのはグラタンだった。
「あたしの最新作やで! 感想聞かせてや」
持ってきたのも作ったのも皐月さんらしかった。
スプーンで端のかりかりしているところを取ると中はご飯であった。
持ち上げると湯気が上がりアツアツなのがわかる。
私は火傷しないように確り冷ましてから食べた。
それでもかなりアツアツで、口を開けて息を吹き続けた。
やっとのことで食道を通して胃に落とした。
「どや?」
「熱いです」
「そやないやろ! 美味しいか美味しくないか!」
「うーん。ちょっとチーズ多いかなって感じですね。チーズとお米がケンカしてる感じがします」
「そうかぁー」
「あ、でも美味しいですよ」
「ホンマか!!」
「はい」
正直、熱くてよくわからなかった。
まぁ、これはしょうがないのだろうと諦めておこう。
皐月さんはメモ帳のようなものに何かを書いてにっかり笑った。
「ありがとう時雨ちゃん。参考にするわ」
「いえ、どういたしまして」
すると、軽い音が鳴る。
私のお母さん世代の人、三人組がうるさく喋りながら入ってきた。
瞬間皐月さんは嫌な顔をした。
その声を聞きつけて土門さんが厨房から出てきてその人達の接客を始めた。
「また来たな」
「あら、土門ちゃん。いいじゃない別にー。売上に貢献してるんだから」
「……適当に座れ」
なんか、きっと嫌な常連客なんだろうなと思った。
このままこの店には私とその三人組だけになり、私は皐月さんとずっと話していた。
この店のこと、最近土門さんが冷たいこと、みんなが東京に行くのがもうすぐなこと。
完全に一方的に話されていた。
そろそろ美晴が帰ってくる時間になるので帰ろうとした。
「え!? 同棲してる的な!?」
「あ、はい。言ってませんでしたっけ?」
そもそも私は同棲始めて誰かにあっただろうか。
いや、あっただろう。
しかも誰かしらには言っているはずなのだが……。
「うそ、マジで?」
「マジで本気です」
苦い顔と言うか悲しい顔と言うのかわからない顔をした。
「へぇ。そうか。婚姻届は?」
「そんないきなり発展する訳ないですよ」
半ば飽きれた言葉が出た。
こういうやりとりもなかなか慣れたものだ。
「まぁ、そうやろなぁ。ええなぁ時雨ちゃんは」
私は周辺を見回し土門さんがあのおばさんたちに捕まっているのを確認してから聞いてみた。
「皐月さんも、土門さんとはどうなんですか?」
「え? あ、まぁ、うん。そやねぇー」
ここまであからさまに言葉を濁す動揺を見たことがない。
「発展なにもないんですか?」
「……あたしには似合わないよ」
「……え?」
皐月さんの顔に視線を向けた。
遠い目で土門さんの方を見ていた。
なにがあったんだ?
私の知らないところで、彼女は何を考えたのか。
「なんでですか?」
それを問わないではいられなかった。
皐月さんはゆっくりと私に視線を戻してにっこりと笑った。
「高嶺の花っていうのかな? 男に使うのはあってるかわからへんけど、届かないんよ。もう、天国に近いところで無理して下向いている人の所まで行けないんよ」
どういうことなのか。
私は知っている。
皐月さんが土門さんを好きなのを。
私は知っている。
土門さんは美月さんを好きだったのを。
私は知っている。
皐月さんが土門さんの好きな人を知っているのを。
これは昔のことだと思っていた。
もし、今でも土門さんの気持ちの整理がついていないのであれば、皐月さんが無理やり説得するはずだ。
じゃぁ、なんでここまで皐月さんが砕かれたようなことを言うのだろうか。
土門さんのその服の下に何があるのだろうか。
私の頭には最悪のことだけがぐるぐると回っている。
「あの、私に話せることな……」
「あぁ、ごめんごめん! この話はやめよ! ……なにか飲む?」
「あ、いえ、大丈夫で……」
「あ、そういえば帰るんやったね。ごめんね、止めちゃって」
「あ、はい」
「また来てなー」
追い出されるように店を出た。
数秒、この店の前から動けなかった。