158、
自分の部屋だったところの荷物が綺麗に無くなっていた。
詳しくは全てキャリーバッグの中に入れたのだが。
22年間、本当はもっと短いのだが、お世話になりました。
大きく膨らんだバックとキャリーバッグを持って、部屋に一礼した。
そして、部屋を後にした。
重たいキャリーバッグを持ち上げて階段を一段一段降りていく。
15段ある少し高さが高い階段を一段ずつしっかりと踏んでいく。
降りきった先の廊下にキャリーバッグを置く。
これだけで私は息をあげていた。
息を整えて居間に入る。
まだお母さんはそこにいた。
動かざること山の如し。
そう例えられるほど、同じ姿勢をしていた。
「……お母さん」
「……なに?」
私は息を呑んだ。
なんだか泣きそうなのだ。
別に永遠の別れでもなければ、すぐそこに引っ越すそれだけなのに、なんだか卒業式のような感情が心から湧いてきていた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
そう言っても、私はそこから動こうとしなかった。
まだ言わなきゃいけないことがある。
ただそれだけで、足なんか動かなかった。
だけど言えなかった。
言ったらもう会えないという小説染みた思考が頭を回っていたから。
「どうしたの?」
不動だったお母さんがそんな私に気がついて視線を向けた。
心配そうな表情。
それに答えるために私は言葉を出す。
「今までありがとうございました」
また一礼してお母さんの反応を見ずにキャリーバッグを持って家を出ていった。
家の中から泣き声が聞こえる。
きっと気のせいだ。
これはきっと私の声だ。
自分が泣き出していることに気がついたところで、尚更涙が勝手に流れていった。
袖で涙を拭いながら駅に向かった。
美晴の家に向かうために。
いや、私と美晴の家に。
キャリーバッグのコロコロという音が重い。
道路の凸凹している所を転がすとガタガタと騒音を出している。
そうやって着いた駅には子連れの夫婦が楽しそうに電車を待っていた。
直ぐに来た電車は意外にも空いていてすぐ降りるのに角に座った。
そこで降りる人は私だけだった。
重いキャリーバッグを必死に降ろし、美晴の家に向かった。
意外とこのあたりは何もない。
歩いていても住宅街で、静かなものだった。
美晴の家に着き、チャイムを鳴らしてドアを開けてもらった。
その時の美晴の顔ときたら面白かった。
「その荷物なに?」
「え? 引越し的な? いいでしょ?」
かなり困った顔をした。
まぁ、なんやかんやあるからそれもそうなんだけど。
それでも構わず部屋に入った。
これから始まる、幸せな生活。
こんな生活が永遠に続くと思っていた。