153、
20時。
残り25分くらいでサチレの出番だった。
だけどどうやらセッティングとかの関係で少し時間が押しているようだった。
それは幸運と捉えるか、はたまた奇跡と捉えるかは人によるだろう。
まだ晋三さんが来ていないのだ。
まぁ、私が見ていないだけでもう中にいるのかもしれない。
だが、入口はここしかないのでここからでなければ基本的に入れないはずだ。
もうみんなは裏で待機しているだろう。
こんなにドキドキしているのは私だけなんだろうか。
来なかったらどうなるんだろう。
ダンドリオンのベースの人でも無理やりやるのだろうか?
そんなやりとりさえも私には届いていない。
やっと入口の仕事も終わり、この後来る人もいないだろうと思うくらいこの場には人が溢れ返っていた。
ここでライブハウスのオーナーらしき人に入場制限を敷くように頼まれ、今紙にごめんなさいというのを書いている。
オレンジのペンで書き、入口にセロテープで貼ると扉を閉めた。
これで私の仕事は終わりだ。
している腕時計を見ると20時17分くらいだった。
まだ晋三さんが来ない。
心配しながら、お金とかを関係者扉の奥の金庫にしまった。
これで私の仕事は金庫の鍵をオーナーさんに返すことだけになった。
とりあえずみんなが心配なので裏に回る。
そこでは心配そうな顔が並んでいた。
美晴とカジくんは最悪なしでもと言っているし、テラコさんは右往左往している。
土門さんはイメトレなのか足と手を動かしながら集中を図っているようだがそれでもそわそわしていた。
星空くんはスマフォを眺めて連絡を待っているようだった。
26分。前のバンドが終わったようだ。
「セッティングは任せた。俺が少しだけ時間稼ぐ。それでも来なかったら、そのままやるぞ」
「わかった」
カジくんがギターを持って舞台へ向かった。
「おめーら楽しんでるか!!」
それを合図にみんなはセッティングに向かった。
私は心の中で応援をするだけでなにもすることができなかった。
「ここで少し謝ることがあるんだが、次のバンドであるシュピレーゼは諸事情にて取りやめになった。すまん」
場に妙なざわめきがあった。
それもそうだ。
もしかしたら、次がダンドリオンかもしれないのだから。
「だが、簡単にお前らを帰らせる訳にはいかない! ここで俺たちの大親友を呼んだ!」
誰?
そんな声がここからでも聞こえた。
ここでセッティングが終わったみたいだった。
意外と素早く終わったらしく、各々適当に身を構えていた。
「そんな大親友と共に俺もやるから聴いてくれよ! ほら酒なんか買ってる暇じゃねぇだろさっさとこっち来い!!」
もう、無理だ。
そう思った瞬間だった。
関係者扉が勢い良く開いた。
「すまん!」
「晋三さん! もう始まります!」
「間に合ったか。ありがとう」
スーツ姿の晋三さんは背負っていたベースをケースから出し、ネクタイを緩めてすぐに中に入っていった。
「よし、全員揃ったな! よっしゃ! いくぜ!!」
すぐに始まった。
私も裏でなく、表で見ようと場所を移動した。
それはいつもより豪華な音でここにいる全員を圧倒させた。
カジくんが多少アドリブなのかわからないことをしているために聞きなれている私も新鮮な感じで聞けている。
晋三さんはまだ調整が間に合っていないのか、いらいろとやりながらだ。
この曲の間奏部にはギターソロがある。
そこは本当は星空くん用にあるので、どうするのかと心配しながら見る。
聞きに来ている人達は飛び跳ねたり頭振ったりしている。
私はそれを遠巻きに見ながら星空くんに視線を寄せた。
いつもよりも気持ちが篭っている。
ギターが無い分、集中できるのだろう。
そして、問題のソロに差し掛かった。
すると、美晴が先行していつも通りのソロをする。
そこにカジくんが合いの手のように入れる。
もはや何回も合わせて練習しましたのようなもはや完璧なソリである。
私はいつになく興奮していた。
思わず飛び上がるくらい。
このまま、短い短い、サチレのライブが終わった。