152、
意外なもので、開始早々には間に合わないが途中なら間に合うらしい。
このライブハウスに慣れている彼らはそう言った。
「時雨ちゃんだから来てくれるんだよ」
カジくんが嫌味口調でそう言った。
最初のバンドが始まるのが30分前だった。
既に入場が開始されたが未だに1枚もチケットを渡していない。
サービスなのか入口にいるカジくんと暇なので話していた。
「にしても、ホントに間に合うのか? 1番遅くても20時25分だぜ?」
「それもちゃんと伝えました。間に合うって言われたんだからいいでしょ?」
カジくんはふんと息を吹き、未だに来ない入口を眺めていた。
大体の人はダンドリオン目当てだ。
しかし、そのダンドリオンが一番最後にやるとなれば、遅く来るのが普通であろう。
カジくんからしたら、彼らが来るならトップでやって欲しかっただろう。
そこそこ有名なバンドなんだから。
「ったく。蹴ったくせによく出る気になったもんだ」
それを聞いて私はカジくんの方を見た。
少しだけ怒っているような感じだった。
やっとこさ来た人はカジくんの知り合いらしく、私からチケットを貰うとすぐにそっちで盛り上がる。
なんやかんや始まるまでに30人くらいが入って来た。
中にはヤクザみたいな人もいたが、そういう輩なのかどうかは定かではない。
カジくんはオープニングを取りに行ってしまった。
最初のバンドが始まると、知ってる人が入ってきた。
「あ! 時雨ちゃん! ごめん待った?」
星空くんだ。
でも、なぜ1人なんだろ?
確かに連絡を取ったのは星空くんだったが、ちゃんとサチレで呼んだはずだ。
「テラコさんと晋三は仕事が終わってからくる。美晴と土門は一緒にきてるからそろそろ着くよ」
そう聞くと私はホッとした。
来なかったらどうしようかと悩んでいた。
「あれ? 星空くんギターは?」
いつも持っていたはずのギターは今日は持っていなかった。
「急だったから持ってなかったんだ。取りに帰ってたら間に合わないしね」
それは大丈夫なのか?
「まぁ、美晴がギター持ってきてくれるから大丈夫さ」
私の心を読んでいるのか彼は笑顔でそう言った。
そのあとすぐ、外でブレーキ音が響いた。
私は外に目をやると、車から降りてくる土門さんの姿があった。
そのままトランクから大量の荷物を持ってこっちにくる。
「なんかみっともない登場だね」
「あ? カッコイイとか必要かいま?」
土門さんが持っていたのは大きな箱だった。
「エフェクターだけ? 僕のギターは?」
土門さんは首を傾げた。
「そんなもん知らんぞ」
そこに美晴がゆっくりと入ってきた。
「おい、邪魔。さっさと中に入れ」
その声に2人は中へ進んでいった。
「ねぇ、美晴。僕のギターは?」
「は? 持ってなかったのか?」
事件が発生した。
ギターが1本足りない。
「無くてもいけない? 美晴ならいけるよね?」
「いや、1本じゃ指が足らない。確実に2本いるんだよ」
「じゃぁどうするんだよ! 取りに帰るか?」
「もう、そんな時間ないって!」
そこに遅れてきたテラコさんがキーボード片手に走ってきた。
「雄々しいねテラコさん」
「ざけんじゃないわよ! おいセラ! お姉さんに無茶させないの!」
大体が揃った。
後は晋三さんと、あと1本のギター。
「どっかから借りるか?」
「でも、知ってる人ダンドリオンの人くらいだし」
「それでも、なんとかなるだろ?」
「まぁ、チューニングさえされてれば後はノリで……」
「なにそんなつまらねぇこと言ってるんだよ」
この場の全員が声の方に視線を移した。
「カジ……!」
「ヨシ。その足らない分。俺がやってやるよ。ここで貸しを返す」
「どういうことなの!?」
テラコさんがそう叫ぶとカジくんの周りに見えた赤黒いオーラが一気に消えた。
「もう! テラコ! 黙ってて!」
「呼び捨てとはいい度胸ねセラ!」
「もぅ! ホントに黙ってて!」
美晴が2歩前に出た。
「わかるのか?」
「一流舐めるな。お前のコード進行なんて単純でわかり易いわ」
犬猿の仲。
そんな2人が笑顔になった。
「ありがとう。でも、出演料はたんまりもらうからな」
「おいおい、これで少しは緩和させてくれよ」
握手を交わす。
なにがあっても、この2人は仲がいい。
それはよくわかった気がした。