122、
とはいえ、何を頑張ればいいか全くわからない。
そもそも、美晴がなにを諦めないのか全くわからないから助けようにも助けられないのが現状なのだ。
カジ君の関係なのか、それとも、今の仕事量の話なのか……。
深く溜め息を吐いて頬杖をついた。
「あれおれ? 時雨ちゃん元気じゃにゃいのかなぁ?」
いつものところに来れば少しはこのもやもやが晴れるかと思ったが、全くそんな気配はなかった。
むしろ、何故か元気な皐月さんがウザイ絡み方をしてくるので、状況は悪化しているような気がする。
「別にいつも元気でいる必要ないですし」
「女の子は元気な方が可愛いんだよ! ほらあたし元気! 可愛いだろ? 土門」
「ウザイ」
その後、皐月さんは全く動かず、喋らずにお淑やかに座っていた。
店内は相変わらずなにも変わっていなかった。
良く言えばシンプルで、珈琲のいい香りが高らかに香っている。
相変わらずお客様は私たちだけみたいで、やっぱり売上は芳しくないだろう。
「はぁ……」
聞こえてきた溜め息は土門さんが吐いたものだった。
売上金を数えて薄っぺらな札束を片手に考え事をしていた。
「いい加減、辞めちまうか」
「え!?」
「はぁ!!!?」
今までお淑やかだった皐月さんはカウンターに乗り上げてまで土門さんに近寄った。
「なにを血迷ったことを! ジョークよな!?」
「半分ジョーク、半分本気って感じだなぁ」
もう一度数える千円札の束にまた溜め息を吐いた。
「あれだ。そろそろ東京に行くだろ? ってことはここに誰もいなくなるんだよ。だから、まぁ結局は辞めなきゃいけないんだよなって」
なるほど。
簡単に納得してしまった。
そんな私はきっと、いざこざというやつが嫌いなんだろうな。
「なに言ってんねん! だって、ここ!」
「いい加減、過去の柵から出る必要があるのかもしれないな」
ふと、ピアノを見る土門さんに彼女の名前が頭を過ぎる。
……美月さん。
ここでなにがあったのか、ざっとしか知らないけど、この空間にはそれはそれは重たい1ページ(想い出)があるのだろう。
それを、取り払うなんて、彼に出来るのだろうか。
どか。
皐月さんがカウンターを叩いた。
「土門がいなくなることが理由なら、あたしがこの店受け継ぐ! それで文句ないだろ!」
土門さんは明らかに驚いた顔をした。
「な! だから、辞めるなんて言うなよ! この店畳むっつうなら、あたしが新しく始める! だから権利書よこせ!」
「ちょっと待て……、ちょっと待て!」
グイグイ押していく皐月さんを制して、1度考え込む。
一抹の不安を抱えた皐月さんはその返答をそわそわと待っていた。
土門さんは頭を右手の親指と人差し指手で押すように抱えている。
その沈黙は果てしなく続くような気がした。
果てしなく、ただ答えかねているようにも見えた。
「オレは厳しいぞ」
頭を抱えたままそう呟いた。
「え? 今なんてゆうたんや?」
「2度も言わせんじゃぁねぇ! ここの調理、伝授してやるつってんだ!」
それはOKのサインだった。
それを聞いて嬉しさが込み上げてくるように立ち上がり、両手を上げて大きく叫んだ。
「やった! やったで! 時雨ちゃん!!」
そう叫びながら抱きついてきた。
そのままグルグル跳ねながら回る。
抱きしめられる力がかなり強いもんだから、離れたときに思わず咳き込んでしまった。
「その気になったらいつでも教える。でも、オレが東京に行く前に、人に出せるようなものに出来なければ、構わずこの店を畳む。いいな?」
「おう! まだまだ時間あるけん! 大丈夫や!」
そうか?
私は思う。
ーーーーほとんど時間がないのではないだろうか……。
土門さんが、お父さんにOK貰ったのって、そんなにすぐじゃなかった気がする。
そう、この時は、少なからず彼女ならいける気がしていた。