120、
歌うと目をつむる癖があるらしい。
その曲が終わって目を開けると、美晴がなにか言いたげな表情で私を見ていた。
思わず視線を反らす。
「ねぇちゃん。なんでそこにいるの?」
「え? 別にいいじゃない」
「邪魔だって」
私は退散することにした。
まだその時じゃないから。
立ち上がってその部屋から出ると、美晴の指摘する声がする。
扉越しでよくわからないけど、何やら合わせるだとかどうとか言っていた。
また居間に向う。
そう言えば、私は母がどこに行ったのか知らない。
あれ?
さっきまで洗濯物干してなかったっけ?
まぁ、いいや。
居間から見える空は、少し薄暗く、雨でも降りそうだった。
洗濯物でもしまうか。
外には昨日分の服たちが気持ちよさそうに日光浴していた。
もう、日は出てないのだけど。
嫌に湿気を含んだ風がもう花のついていない桜の木を揺らしていた。
急いで洗濯物をしまい、室内に入ると、ぽつぽつと振り始めていた。
おぉ、ギリギリセーフ。
洗濯物をたたむ。
そもそも、自分のもの以外のものは、どれが誰だかわからない。
まぁ、なんとなくでわからないこともないけど、念のためね。
雨、強くなるのかなぁ。
そう思って、自分のパーカーをたたむ手を止めて外を見た。
細く長い雨は地面に当たっても音を立てず、ただ静かに土を濡らしていくだけだった。
春雨。
意味はわからないけど、そんなもののことでも言うのだろうな。
階段からドタドタと降りてくる足音が聞こえた。
お帰りだろうか。
私は玄関に向かった。
「うわぁ、雨じゃん。傘持ってきてねぇよ」
でしょうね。
「え? 貸すよ?」
「借りると忘れる」
いや、忘れんなよ。
「なに? 今日は車なの? バイクなの?」
私の問いに美晴は背中を向けたまま応えた。
「電車だ」
「……自宅まで行くの?」
「いや、これからライブの視察だから、いつもんとこ寄る」
「ーーーーじゃぁ、送るよ。あそこなら途中にコンビニあるから買えるでしょ。だから、駅まで送るよ」
振り返った彼の顔はどこか悲しい顔をしていた。
ごめんね。
往生際が悪いとか言われるかもしれないし、しつこいとか言うかもしれない。
いや、言われても文句言わない。
一応フラれた身だから。
でも、これくらいは許されるよね?
ギター濡れたら大変だし。
「ダメ?」
「いや、ありがたい」
私は、すぐ履けるスニーカーを履いて、ピンクの大きめの傘を持った。
ドアを開けると、まだ静かな雨が絶えず降り続いている。
傘を広げて、まだ室内にいる、美晴の方を向いた。
「ほら、はやく。……あんまり待たないんだから」
驚いた顔をしていた。
だけど直ぐに笑顔になり、傘に入ってきた。
「ありがとう、時雨」
「……どういたしまして」
照れくさかった。
なんでこのくらいでと思うけど、それでも鼓動の高鳴りは常を異していた。
まだ、言わなきゃいけないこと、沢山あるんだから。
まだ、これくらいで……。
そう、これからが本番なんだから。