117、
「でも、……だからこそ、放置しちゃいけない気がする」
なにも言い返せない?
そんなの、違うのかもしれない。
ただ、平和を望むだけで、反論なんて言葉を知らなかっただけだったのかもしれない。
理論的だとか、妥当だとか皆無に私は自分の感情を表に出した。
「そんな、金喰い虫なら自分達でなんとかするようにすればいいだけだし、それが難しいなら、私だって頑張るし」
「時雨ちゃん。僕らが使うお金ってとんでもない金額だよ。広告費、CDを焼くのにも費用かかるし、楽器の維持費もバカにならない。それに、ライブハウス1日貸切と、スタッフ料金含めた1回のライブ費用、コンパニオンとか色々かかるんだよ? さらに、各々の生活費、それら全て網羅できるのかい? 僕たちのバイト代で?」
「そんなこと急に言われても……」
「せやでセラ。そんなに強く当たらんでもええやろ」
あまりの剣幕に私は視線を落とした。
「今までやってきたこと全部否定されてるんだ。このくらい言う権利は僕にはあると思うけど」
「時雨ちゃんだって考えてくれてるんやで? 少なからず受け止めるべきや」
炒飯から上がっていた湯気もそろそろなくなり始め、それが冷めてきたことに気づく。
だけど、それはどうしようもないことだってわかった。
「受けとめる? じゃぁ知ってる? 別に時雨ちゃんを責める訳で言うんじゃないことを前提にして聞いて欲しいんだ」
そう前置きを言うと、一口紅茶を飲んだ。
「あの女。覚えてる? 僕も名前さえ知らないけど、スポンサーだった会社の令嬢。美晴がフったから契約切られたじゃん? あれ、かなり出してくれてたんだよ金を。それだけで、ライブ活動どころか、このお店の家賃をさえ払えてた。今はどう? 美晴がムリヤリ集めてくるお金のおかげで辛うじてこのお店の家賃まで払えてるんだよ。知ってた? 受け止めるもなにも、受け止めた時点で僕たちの憩いの場さえ消えるかもしれないんだ」
責める訳じゃない。
いや、思いっきり責められてる。
私が美晴と出会った時点で、もうこのバンドの崩壊は始まっていたのかもしれない。
始めは快く受け入れてくれたのに、今は現実にぶち当たって後悔とかしていてもそれを顕にできないくらいに、脆弱しきっているのかもしれない。
ーーーー私のせいで……。
「だから、既に無理してる。これにさらに無理をするようなことをするのであれば、僕たちはバンドをやめなきゃいけないのかもしれない。時雨ちゃんにはその選択ができるの?」
穴があったら入りたい。
恥ずかしい表現で使われるそれには似つかわしくない感情でそう思った。
体を小さくして、とうとう反論できない結論まで出たこの流れにただ耳を傾けるだけだった。
「所詮、世の中、金なんだよ……」
ぼそっと呟きお金を置いてお店から出ていった。
その硬貨は努力の汗で酸化し鈍く光っていた。
私はミニスカートを握り、自分の不甲斐なさと非力さを悔いた。
一人間として全うに生きてきたはずなのに、それは所詮狭い世界での話し。
私が好きなみんなの見ている世界は途方もなく、理不尽な世界なのだ。
皐月さんに肩を叩かれ、さらにそれを痛感した。