110、
「あぁ、美晴! 時雨ちゃん、俺のな」
ピキッ。
なにかが裂けるような音がした。
美晴も私もなんのことかわからなかったが、美晴がなにか気付いたのか口を開いたら。
「なんで!」
「なんで? そんなんお前が1番わかってるだろ?」
美晴がくっと息を呑む。
「ほら、後アレスとの久々の共演だけなんだよ。早く準備しろ」
相変わらずマイク越しの命令に、私にしか聞こえない舌打ちをする。
「待ってろ。今ギター温めてくるから」
美晴は私に2つの弁当を押し付けるように渡し直ぐにステージ横の扉に入っていった。
カジ君以外のメンバーは堪えていた笑いを爆発させる。
ライブハウスには笑い声が鳴り響く。
「よし、ってことで時雨ちゃん、今日は飲みに行くよ」
「いえ、あの……」
「あ、ごめんね」
よかった。
一瞬だけ解放された気分になる。
ごめんねの後に、流石に忙しいか、と繋がると予想していたから。
「拒否権ないから」
一気に絶望感が襲った。
いきなり過ぎてまだ良くわかってない。
ーーーー美晴に売られた?
そんなことさえ思った。
あいつがそんなことするはずがない。
そう、アイツが、そんなことするはずがない。
「いいな、逃げるなよ」
足が震えていた。
怖い?
いや、見捨てられた感じからの怒りか?
とにかく、目頭が熱くなってきて、そろそろ泣き出してもおかしくない程だった。
「あらぁ、カジ。ゴメンネ。今日はあたしが先に予約してんねや。終わったらスイーツ食べるんやで」
ふっと私の前に出てきたのは、短い茶髪がやけに色を濃くしたような色の女性だった。
「それに、拒否権はあるで。あたしがそれを受け付けた」
「ちっ!」
面白くなさそうな顔。
目の前の皐月さんは、私を隠すように少しだけ背伸びをしていた。
「そうかい。相変わらずうるせぇなぁ、皐月はよ!」
「ありがとさん。褒め言葉として受け取っておくわ」
皐月さんは振り返って私の顔を覗き、ニコッと笑ってから、お弁当ありがとう、と呟いてライブハウスの外に出た。
春の暖かい香りがする夕焼け時の風は嫌に虚しく、空しく、むなしく……。
隣にいる皐月さんの大丈夫か? という言葉に急に緊張が取れ、我慢していた涙が一気に流れた。
それとともに全身の力が抜け、お弁当を落とし、その場で座り込んでしまった。
もう、わからなかった。
もう、信じられなくなった。
もう、立ち直れなくなった。
やっと信じられる人が出来たと思ったのに、そしたら裏切られた。
裏切られた。
今までファンだったダンドリオンも急激に嫌いになった。
売られた。
そんな感じにしか感じられない。
美晴は怒ってた。
違う。
演技だ。
絶対に演技だ!
私を騙すための、演技!
絶対に!
絶対に……。
気が付いたら、私は家にいた。