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暇な日常も、ありきたりな日常に変わり、生きる上でほとんど必要の無い計算とかもしている。
学校が終わっても美晴と時間が合わない日が多くなり、休み期間ほど合うことも無くなった。
合うときはほとんどあそこで、みんなで話すことが多かった。
「そういやぁ、特技は?」
何を思い出したのか急に聞いてきて、返答にやっぱり困る。
なにもない。
うーーん。
なにもない。
「なんで美晴はそんなこと気にしてんや?」
「いや、自慢するのになにもないとなると紹介に困る」
理由があやふやだ……。
ってか、自慢するのか。
ってか、皐月ホントに毎日居るんだな……。
「特になにもない……よ?」
「ないわけないだろ。裁縫とか料理とか」
今時の女子がそんな女の子らしいこと得意だと思わないでよね。
「歌とかはどうや?」
歌……。
どうなんだろう……。
「歌いいねぇ……」
カランカラン。
その音に振り返るとテラコさんが鼻歌を歌いながら入ってきた。
「土門ー、お腹減ったー」
「なにがいい?」
「じゃぁ、ロココ」
「ちょっと待ってろ」
あのぉ……。
この店ロココも置いてあるんですか?
「ナイスタイミングやテラコさん!」
肩をがしっと掴む皐月さんは目を輝かせていた。
「な、なに? 嫌な予感しかしないんですけど」
「今、時雨ちゃんの得意なこと探ししてるんよ。だから、伴奏して」
あのぉ、私やるって言ってないんですけど……。
「ご飯食べてからじゃだめ?」
「だめだぁ」
厨房から飛んできた声に落胆して、仕方なさそうに立ち上がった。
「わかったわよ。曲は?」
「曲はなんや? 時雨ちゃん!」
皐月さん、なんでこんなにノリノリなんだろう……。
「じゃぁ、ダンドリオンのあれで」
「あぁ、あれね。わかったわよ! 任せておいて!」
テラコさんは指をバキボキと鳴らし、黒い布がかけられているピアノのセッティングをする。
「あれ、歌えるの? めっさ高いやん」
「まぁ、高いですけど、これしか歌えないので」
なんとなく美晴を見ると、面白そうな顔をしている。
なんか、やりづらい。
テラコさんがウォーミングアップをし始める。
やりづらい。
だってこの人達一応プロだからね。
プロの前で歌うだなんて、辱めもいいところ。
「ほら、時雨ちゃん! こっちにこないと! ほらステージアップ!」
行かなきゃダメですか……。
重たい体を奮い立たせ、立ち上がりピアノの隣にあるステージに上った。
「アーフタクト……、えっと、好きなタイミングで入って。続くから」
「え!」
「ピアノのアレンジだから、ボーカル先行なのよ。だからいいよ、適当に歌い始めて。最初の音、これだから」
トーン。
たったひとつの音が響く。
それだけで騒がしかったこの場も静かになり、全員私を見る。
恥ずかしい……。
今すぐやめたい。
しかしながら、やらなきゃいけないのはわかっている。
期待しかうまれない残念な歌声を、なんで聞きたがるのだろう。
カラオケ?
そう、思うこともできない。
なんせ、マイクもないのだから。
私は口を開いた。
震える声で、歌い始める。
直ぐに続いてくれたピアノの音で、やっとこの曲だって感じになる。