1、
木の葉も散り、秋の終わりさえ感じさせる時雨。
ぱらぱらと降るその粒は、裸の木をじわりと湿らせ、寒さを強くさせていた。
さぁ、帰ろう。
講義が終わり、私は筆箱を鞄に入れてモコモコの白いマフラーをする。
自分でもわかっているダサい眼鏡をクイっと上げて、イヤフォンを付けた。
少しだけ秋の格好な為体は冷えるが、なんてこと無い。
教科書を持ち、ロッカーに向かう。
この講義を受けていた学生たちは午前で終わった今日のこのあとの予定を決めていた。
カラオケ、ボーリング、映画、飲み会。
そんな単語がイヤフォン越しにでも聞こえる大きな声で会話しているのだから迷惑極まりない。
ロッカーに教科書を入れて鍵を締め、さぁ自宅に帰ろうか、と足を一歩前に出した瞬間だった。
クラっとしたと思ったら倒れていた。
あぁ、痛い。頭でも打ったようだ。ジンジンする。
「大丈夫? 生きてる?」
声がした。男性の、しかし高い声。私は目だけを声のする方に向けた。
「生きてますかー?」
その子の顔がやけに近くにあり私は驚いて叫んでしまった。
「あ、ごめんごめん。驚かしちゃったね」
驚いた衝動で、上半身だけ起こして背中をロッカーに強くぶつけた。
「っで、大丈夫?」
いや、大丈夫じゃない。あんたのおかげでせなかまで痛くなった。
あぁ、厄介だ。ここは、
「大丈夫。全然大丈夫だから、どっかいって」
両手の平を向けて接触拒否の態度をとった。
「え、大丈夫なの?」
「大丈夫だから」
「立てる?」
「立てる立てる」
その証拠を見せつけようと立とうとした。
「あぶな!」
訳がわからなかった。
立とうとした瞬間、意識が無くなった。
いま、その、男の子に抱きかかえられ、ある程度意識が戻ると、その状況がとても恥ずかしく、ジタバタして離してもらおうかと思っても体が上手く動かなかった。
「立てないじゃん」
そう、茶色がかった短い髪が印象的な童顔の男の子に言われた。
「ちょっとごめんね」
そう言うなり、彼は私の下瞼を思いっきり下げた。
それを真剣に見られるもんだから、なにか辱めでも受けているような感覚に陥った。
「あぁ、多分貧血だね。保健室連れてってあげる。たぶん動けないでしょ?」
はい、動けません。
動けませんとも。
私は彼にお姫様抱っこされ、少しばかり離れている保健室に向かう。
その際に生徒やら先生やらとすれ違い、不思議な視線を痛いほど感じた。
あぁ、いますぐにでも死にたい。
いや、穴にでも潜りたい。
保健室ではベットに寝かせられ黒いカプセル剤を飲まさせられた。
少し寝てれば歩けると言われたので、寝ている。
寝ているのはいいのだが、なぜあの男は未だに側にいるのだろうか。
ベットで寝ている私の右頭前にあの男の子がいて、何やらマンガを読んでいるようだった。
もう意識はハッキリしているのだが、別段なにか話したいとかあるわけでもないので黙って天井を見ていた。
保健の先生はどうやらご飯を食べに行ったらしく、この部屋には私たち二人だけ。
だからといって、別段なにか話したいとかあるわけでもない。
ないけど、
暇だ!!
「ねぇ、」
私が声を発すると、マンガを少しずらして目だけをちょこっと出した。
「名前なんていうの?」
彼はそう聞く私に不思議な目を向けるが、単純に答えた。
「柘植、柘植美晴」
そう言ってまたマンガで顔を隠した。
会話は続かなかった。
まぁ、私に興味があるわけでも無いのだから当たり前だろうし、私だって彼に好意を抱く訳でもない。
ただ、ただ、今日私が倒れたのを助けてくれただけの、お人好しな柘植くんなのだ。
意外とすぐに先生は帰ってきて、私が立てるのを確認してから帰らせた。
柘植くんはこれからサークルらしくお礼を述べてから別れた。
私は帰りにドラッグストアにでも寄って鉄分の含まれてるサプリメントでも買おう、と思いながら、学校を出た。
これが、彼との出会いになるなんて思ってもみなかった。
時雨はやみ、寒さを和らげることができない太陽がひょっこり顔を出した。