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一枚の童話集  作者: 端役
8/13

羊と不死鳥





 その山のてっぺんには不死鳥が住んでいました。

 不死鳥は燃え立つ身体をした、人間と同じ位大きな鳥の形をしていました。

 人間は彼女を恐れて近寄らず、そこは自然がずっと残ったままの神聖な山でした。

 ある日、羊飼いの男が山に迷い込みました。

 男は神聖な不死鳥の山であることに気づくと、連れていた羊たちを放り出して走っていきました。

 羊たちは長い間ポカンと空を見上げた後、足元の草に気づいて食べ始めました。

 狼たちが恐れて近づかぬこの山に、羊たちは新しい住人としてすみつきました。


 不死鳥は空を切って帰ってきました。

 ふと地表を見ると、白くてもわもわしたものがいくつかありました。

 羊か、と不死鳥は思いました。

 しかし一つの白いのが気になって、不死鳥は地表におりました。

 ひときわ白いわけでもなく、ひときわ黒いわけでもなく、それはただの一匹の羊でした。

 気弱そうな目をして三つ葉草をもしゃもしゃと頬張っていました。

 近づいてきた不死鳥を見るなり、羊は目をまんまるにして固まってしまいました。

 彼女は彼をじろじろと見るなりハッと雷に打たれたように気づきました。

 びっくり仰天してひっくり返り、ひっくり返った自分にもっとびっくりした不死鳥は立ち上がろうともがいて、格好悪いことにばさばさと翼を草地に打ちつけました。

 抜け落ちてしまった数枚の羽を残して、不死鳥はあわてながら山のてっぺんに逃げ帰りました。 

 不死鳥が飛んでいった後には、びっくり仰天し、ひっくり返ったままの羊が残されていました。


 不死鳥は長く生きていて、知識も十分にあったので自分に起こった事を冷静に受け止めました。

 高貴な自分がなんということか!

 彼女は嘆き、翼に顔を埋めてじたばたともがきました。

 しかしもっと大変なことがあったので目をつぶることにしました。


 羊に恋をするなんて。


 羊なんて、不死鳥の吐息一つで丸焼きの夕飯です。

 羊なんて、不死鳥が飛び立つ風圧でころころと転がる毛玉。

 羊なんて、

 羊なんて……


 でもあの毛皮に顔を埋めて、もふもふしたくてたまらないのです。

 できたら一緒に日向ぼっこや昼寝をしたい。

 想像したらなんともアンバランスな光景です。


 不死鳥は恋と目標を胸に、顔をあげました。




 日がのぼって羊たちが動き出すのにあわせて、不死鳥は羊の群に近づきました。

 羊たちは大騒ぎでばらばらに逃げ出し、彼も涙目で逃げ出したのを見て不死鳥は肩を落としました。


 不死鳥は羊たちが逃げない位置から、一日一歩ずつ近づいていきました。

 それは地道に、本当に地道な毎日でしたが、彼女は近づく一歩を踏む、明日がくるのが楽しみになりました。


 ようやくお目当ての羊の彼の近くまでやってくると、不死鳥は優しく鳴き、翼を震わせて愛を訴えました。

 羊はそんなことわかりませんので、目を瞬かせて三つ葉のクローバーをもしゃもしゃしています。


 不死鳥は衝撃を受けました。


 なんだかむしゃくしゃしてじっとしていられず、飛び立つなり空に向かって八つ当たりに炎を吐き散らします。

 羊はひっくり返って目を回していました。


 彼女は途方に暮れました。しかし彼を諦めることはしたくありません。

 ですが不死鳥と羊。違いすぎるのはこうも大変なことなんだと今更思い知っていました。

 不死鳥は困りながらも、羊の後をついてまわりました。

 それは、羊が少しおびえながらもゆっくり歩き、けれども逃げ出されない。その歩みに嬉しさを感じながら、ついてまわりました。


 ある日、羊がとうとう言いました。

「不死鳥さん、どうしてボクの後をついてくるんだい」

 言われた彼女はびっくりしました。

「そういえば何故かしら」

「ずっと黙ってついてくるんだもの。怖いよ」

「そうね、ごめんなさい」

 不死鳥は今まで一言も言葉を話さなかったことを思い出し、反省していました。

「ねえ言いたいことがあるのだけども言っていいかしら」

「どうぞ。びっくりさせないでね」

「ねえ聞きたいこがあるのだけども聞いていいかしら」

「どうぞ。少しずつにしてね。羊は怖がりなんだ」

 羊は白いもこもこを震わせて言いました。

「あら、不死鳥だって嫌われるのは怖いわ」



 一羽と一匹はよく話すようになり、仲良くなりました。

 三つ葉の味。空の色。夏の香り。風の強さ。話題はそのあたりにあるものでした。

 毎日少しずつ仲良くなり、少しずつ、少しずつ。

 いつの日だったか羊にもふもふさせてもらえた時、不死鳥は嬉しくて嬉しくて。言葉にできない気持ちを受け取っていました。


 長い間そんな日を続けていましたが、ある日。羊は言いました。


「このごろ調子が悪いんだ。そろそろ寿命かもしれない」


 彼女もうっすらと感じていました。

 最近彼は座っていることが多くなっていたし、毛艶も悪くなってきていました。

 そもそも彼と自分では寿命に大きな差がありすぎる事に気づいていました。種族が違うということはそういうことなのです。

 だから彼女は、羊と話すようになってから愛を伝えたことはありませんでした。

 そう、としか彼女は返せませんでした。

「だから秘密の場所を伝えておきたいんだ」

 ついてきてと言う羊に、不死鳥はついていきました。


 そこはただの森の中にある広場でした。木々の間から陽の光がちらちらと落ちていて、三つ葉の草が当たり一面に広がっていました。

「ここは四つ葉が多いんだ」

 足元を見ると、確かに珍しいはずの四葉がちらほら見つかります。


「幸せの広場だよ」


 いくつかの月が過ぎた頃に、羊は寿命を迎えました。




 不死鳥は広場によくいるようになりました。

 他の羊が荒らしに来ることはありませんが、なんとなく離れがたい場所でした。

 彼女は住む場所をここに移しました。



 時間つぶしに毛づくろいをしていると、ふと空が暗くなって鳥がおりてきました。

 姿かたちが良く似ていて、彼女はそれが不死鳥だということに気づきました。

「こんにちは」

 彼女は返事を返しました。




 やがて不死鳥たちはつがいになりました。




「ねえどうしてこの広場に来たのかしら?」

 この広場は空から見えにくく、今まで誰もこなかったのです。

「夕飯にと思って、羊を追いかけてきたんだ」

「羊を?」

 彼女は驚いて繰り返しました。

「白いもこもこした羊だったよ」

 おいしそうだったけど、どこにいったんだろうなぁと不死鳥はぼやきました。

 彼女はなんとも言えずに口元を緩めると、幸せに似たものを感じていました。




「私も羊を追いかけてここに来たの」





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