こけだらけの犬
その国には昔から苔だらけの犬がいました。
犬かどうかもわからないくらいこけだらけで、頭から足まですっかり緑色でした。
こけだらけの犬が歩いた後には点々と苔が落ちて、犬の通った後はこけだらけになりました。
不思議な生き物でしたが、あまりにも昔からいるので、その国に住んでいる人は気にもしていませんでした。
しかしある時、その国は隣の国にのっとられてしまいました。
新しい王様はこ不思議なこけだらけの犬を見つけると、すぐさま捕まえて王宮に連れて行きました。
「なんと醜いことよ!」
王様はこけだらけを指差して言います。
「捕まえておいてそれはないぜ」
犬は言いますが、王様に無視されてしまいました。
「お前は王宮で暮らすのだ。わしのものだ」
「俺は森や、冷たい岩が好きなんだ。こんな綺麗な所は気にくわないね」
「いやいや許さないぞ」
「王様はこんな緑色を好みやしないだろ」
「何を言おうが、珍しいものはわしのものだ!」
「どうなっても知らないよ」
「まずはその汚い体をどうにかせよ!」
男は召使いに命令して、犬を洗うように言いつけました。
犬は湯を使う場所に連れて行かれ、タライの中に放り込まれました。
召使いが犬の苔を洗い落とします。
ごしごし、ごしごしと力をこめても汚れはなかなかとれず、どんどん苔はお湯に落ちて溜まっていきます。
苔がぽろぽろと剥がれ落ちます。
あんまりにも苔が取れてくるものなので、夢中で召使いは苔を取りました。
最後に水をかけた後、そこに犬はいませんでした。
「どうなっても知らないって言ったろう?」
タライ一杯の苔はそう言いました。
びっくり仰天してひっくり返ると、召使いはすぐさまこのことを王様に報告しました。
顛末を聞いた王様は真っ赤になっていいました。
「そのような苔は燃やしてしまえ!」
苔は暖炉の中に放り込まれ、焼かれてしまいました。
真っ黒の炭になるまでこけだらけの犬を燃やしてしまいました。
それからしばらくすると、緑豊かだった国から少しずつ緑が減りはじめました。
土は飢え、人も飢えて何もかもが生まれない土地に変わり果てました。
人々は土地捨てて離れていきます。もちろん王様も立派な王宮を捨ててどこかへ行ってしまいました。
捨てられた王宮は廃墟となりました。
長い長い時をすごすうちに草木を内に住まわせ、大きな木にもたれかかるようになりました。
みどりいろの廃墟の中からは木が連なる頃、大地は富み、ささやかに人は戻ってきました。
ある朝王宮から緑色の犬が現れました。
「だから言ったんだ」
そう言って、こけだらけの犬は草木に埋もれた王宮の中から出ていきます。
こけだらけの犬が通った後には少しずつ苔が落ちていました。