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一枚の童話集  作者: 端役
4/13

ヤギの食事






 ある所に少女がいました。少女は心が弱く、哀しいことがあるとすぐ泣いてしまいました。

 そんな時は一人で家の近くの森にある泉へ行って悲しみをごまかしていました。


 道で転んでは小石を恐れ、雨が降っては空を悲しみ、小さなケガをつけては周りに恐怖して泉へ通いつめました。



 ある日、いつものように泉へいくと一匹のヤギがいました。

 ヤギは少女が泣いているのを知ると優しく話しかけてきました。


「どうしたんだい?」


 少女はヤギが喋ったことに驚きましたが、涙をふいて答えました。


「花ビンを割ってしまったの。元の形がわからないくらいバラバラになって割れてしまったの。それが悲しくて悲しくて」


「ああ、それはかわいそうに」


 はらはらと涙をこぼす少女に、ヤギは困ってこう言いました。


「その悲しいってやつを僕が食べてあげるよ」


 またまた少女は驚きました。けれど悲しくなくなるのならばそれがいい、と少女はヤギにお願いしました。

 するとヤギは少女のスカートのすそを少しだけかじりました。

 とたんに少女の涙がぴたりと止まり、心の中から花ビンの悲しみが消え去ってしまいました。


「悲しくないわ、まるで胸のつっかえがとれたよう。ありがとう、ヤギさん」


「おいしいものじゃなかったけれど、悲しくなったらまたおいで」


 少女は嬉しくなって、ヤギを抱きしめてキスを贈りました。




 少女は泣きたくなる事があるたびにヤギの所へいきました。


「ヤギさんヤギさん、この悲しみを食べて」


 ヤギはそのたびにスカートのすそを少しずつかじりました。




 泣かなくなった少女は日々を楽しく過ごしていきました。

 転んでも、雨がふっても、ケガをしても、何ともありません。何度同じところで転んでも平気だ、と胸を張りました。

 そんなある日、少女はおとなりの奥さんとケンカをしました。

 決着はつかずじまいで頭はカンカン。顔は噴火したように真っ赤です。

 少女がヤギに会いに行くとヤギは面白がって笑いました。少女はまた怒りました。


「この怒りも食べてちょうだい!こんなのがあったら暮らせないわ!」


 ヤギは笑いながらも歯型の増えた少女のスカートをかじり、少女の怒りを食べてしまいました。


「ずいぶんとすっぱい味がするなぁ」


 そうぼやきながらヤギはもぐもぐとスカートのすそをかじりました。




 それから何日かたった日、少女はおとなりの子供に大きなケガをさせてしまいました。

 少女は子供の母親と力をあわせ、懸命に手当てをしましたが子供は目を覚ましません。

 とうとう母親は我が子を嘆いて神に祈りはじめました。

 少女は恐ろしくなり悲しくなり、家を出てヤギのところへ向かいました。

 家を出た所にある橋で小石につまづき、大きく転びました。


「こんなの平気だわ!」


 少女は自分に一声かけると、飛ぶように走り泉へ向かいました。

 泉にたどりつくと、やはりヤギがいつものようにいました。


「ヤギさんヤギさん、この恐れを食べてください」


 ヤギは頼まれたとおり、スカートのすそをくわえました。


「あぁこわい、私はなんてことをしてしまったのかしら」


 少女の悲しみが食べられてゆきます。

 ヤギはもぐもぐと口を動かしながら話しました。


「この恐れもなんだかおいしくない。ねぇ、そろそろ楽しいや嬉しいも食べさせてくれないかい」


 あれはおいしいんですよ、とヤギが言います。

 少女は急に怖くなって、ヤギに別れを告げて家にむかって走りました。

 ヤギの歯型だらけのスカートをひるがえして、少女は走りました。泉から離れ、森を出て、橋までたどりつきます。

 橋にはいつも見ていた小石があります。それにいつものようにつまづいてしまいました。


 悲しみが無くなるたびに、少女の怒りが無くなるたびに、少女は多くの失敗をするようになっていました。

 しかし少女はそれに気づかないまま、いつものようにつまづいてしまいました。


 いつもより勢いのついた少女の体は橋から川にどぼんと落ち、川底に頭をぶつけました。








「なんだってみんな、すっぱい味だったりにがい味ばっかりをくれるんだ」


 泉のそばでヤギはぼやきます。






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