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一枚の童話集  作者: 端役
12/13

手足が四つの口たくさん

近未来風です




 残念なことに私は突然変異というらしいです。

 人のように手足は四本ありますが、口と目がたくさんでした。

 彼のように目が二つ、口が一つが良かったです。

 口の位置も、顔と手とお腹にあります。せめて全部頭部についていれば……。

 あと尻尾がもう少しちいさければ、

 もう少し人形に近づけていたと思います。

 窓ばかりの小部屋にいますが、ガラス張りの部屋に引っ越したいと夢を見ます。

 そうすればよく見えます。ああ、きっと。

 彼の姿がたくさん見えます。



 私、彼のことが気になります。

 間違えました。

 大好きです。


 とっても気になって、気になって、近くにいきたくてたまらないこの気持ちは大好きというらしいんです。

 近くにずっといられたらどんなに素敵なことでしょう!

 ああしかも、彼は私の小部屋のまわりのどこかでお仕事中なのです。

 今日も窓を覗き込んで姿を探します。

 尻尾の先についた目の一つが彼の姿を見つけました。私はその窓へ頭を持っていきました。

 せめて彼に近いこの顔の目で、見つめていたいのです。

 人の美醜はわかりませんが、私は彼が一番です。

 何故こんなにも大好きなのか、たまに解らなくなって私も戸惑いますが、大好きなのです。

 戸惑いも何も溶かすほどに大好きなのですよ。

 彼の姿を見ていると、無いはずの心があったかくなるような気がしました。

 こんなあったかさを教えてくれた彼はやっぱり、素敵なのです。




 ある日、彼が他の仕事仲間に囲まれて木箱につめられてしまいました。

 なんてこと! でも彼はこまって笑ったような顔をしていたので、私は珍しい彼の表情にとろけながら彼の木箱を見ていました。

 そうしたら蓋をされて、油をかけて火をつけてしまいました。

 私は死ななかったけれど、他の突然変異は死んでしまった、火に。

 人が死んでしまった火を、彼につけるなんて!!

 なんてこと! なんてこと!!

 私は小部屋を窓ごと壊して、木箱のもとへ急ぎました。

 火なんてなんともないけれど中に入ってる彼のことを思って死に物狂いで消しました。

 こげた木箱の蓋を弾き出すように開けると、彼が座っていました。

 彼が入っています。

 木箱は宝箱でした。

 このとき初めて、私は彼の視線を独り占めにしました。

 嬉しくて死んでしまうかと思いましたから。

 だから、彼に触れませんでした。

 これ以上嬉しいことがあると死んでしまうと思って、触れませんでした。

 私は彼をずっと見ていたいのです。

 すると彼が手を伸ばして私に触ったのです。

 あたたかい指先で、私の手に触ったのです。

 私はびっくり仰天して小部屋に逃げ帰りました。

 逃げ帰って、尻尾で体を隠して泣きました。

 嬉しくて嬉しくて長い間泣きました。

 ああ、彼が触ってくれました。

 この手を食べてしまいたい。いいえ、大事に大事にします!

 彼が大好きです。

 伝えられないこの気持ちも大好きです。



 小部屋の中で彼を見つめる日が続いていきます。

 他の小部屋から連れ出された突然変異たちの数が、日が繰り返すごとに少なくなっていました。

 彼はあいかわらず小部屋の外で仕事をしているようです。

 よくわかりませんが、時々私の尻尾が切り取られます。

 動いていた尻尾に、人を当ててしまった次の日、切り取りにくる人が彼にかわりました。

 ああ!

 彼とこんなに近い!

 彼に当たったりしないように尻尾を床や天井にべったりとつけて、私は喜びに震えながら彼をみつめました。

 尻尾を少し切り取って、彼は小部屋の外へ出て行きました。

 次の日から、三日おきに彼が私の尻尾を切り取りに小部屋に来ています。

 三日おきというのは、時計が六回まわった時です。

 五回まわった瞬間から、よりいっそう時計を見つめます。

 今まで暇の消化に付き合っていた実験だろうが何だろうがその時間からは小部屋から出ません。

 尻尾で人を弾き飛ばして待ちます。

 ああ、彼が小部屋の前を通りました。入ってきてくれるのはあと少し。

 あとすこし。


 前の仕事場をぺしゃんこにしてから、この小部屋は少し丈夫になりました。

 宝箱を開けてからも、丈夫になりましたが、この壁はやわらかいです。

 でも壊しません。

 彼が、彼がこの仕事場に来てくれるのです。

 私は何もしたくありません。

 だって彼がいる。

 彼がこちらを見てくれます。

 ああ、彼が私の尻尾を切り取ります。



 彼が、今日はナイフではなく首飾りを持っていました。

 尻尾ではなく私に近づいてきます。

 そろりそろりと、そろりそろりと。

 私の心は爆発しそうです。

 ああ、彼がこんなに近いです!!

 彼を見上げると、唇を引き締めて私を見つめています。

 凛々しい姿に、どうしましょう。どうしましょう!

 私も見つめ返します。

 彼が私の頭の、目をみています。

 嬉しい。

 彼がゆっくり私の首に触れます。

 触れました!

 あたたかい手が、私に触れます。

 嬉しい。

 嬉しい。

 首に、首飾りをカチリとつけてくれます。

 彼が触れている。私に触れている。

 桜貝のような爪が私の首に触れています。

 うれしい、うれしい。

 私に。私に触れる。

 ありがとう。

 ありがとう。

 大好きです。

 彼が私を見ています。

 彼が外へ出ていきます。

 私の首には、つるりとした銀の飾り。

 彼が触れたしるし。


 触れている首飾りから、カチリカチリと音がします。

 これは心臓の音? それとも彼の音?

 知っている音ですが、私は考えないようにしました。

 窓の外から見る目が彼を見つめています。

 彼の目が苦しそうに、こちらを見つめています。

 ああ、

 それだけで私は救われた気持ちになりました。

 私は愚かだと自分でも思います。

 それ以上に幸せ者です。



 心と爪先に響くような衝撃を受けて、私の目はかすみました。







 この天国の門で、また彼を待とうと思います。

 彼はとても素敵ですから間違いなくこちらへくるはずなのです。


 大丈夫。

 待つということが幸せだということを、私はちゃんと知っています。





 

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