角の名前
その村に頭に角の生えた男がいました。
男は優しく賢かったので、皆を大事にし、大事に想われていました。
頭に生えた大きな角が悪目立ちしていましたが、村人たちは悪いこともないしと笑って接していました。
「働き者のヤギの角だわ」
想いを寄せている村娘に言われて男はときめきました。
しかし数ヵ月後に彼女は隣村に嫁いでいき、角をがっくりさげて男の心は沈みました。
時が積もるごとに男は信頼を得ていき、彼は若くして村長になり村を治めていました。
やがて村に大きな道がしかれ、人が増えて村は町になりました。
村のため働く男は町長になっていました。
旅人が訪れ、出迎えるための宿を建て、町はにぎやかになっていきます。
ふと噂話が流れ出しました。
「町長のあの角は、悪魔の角ではないか?」
悪酔いの言葉かはわかりませんが、人々は噂の角に注目しました。
あらためてじっくりみれば、表面は不恰好で手触りが悪そうです。それになんとも不吉な色!
今まで何をみてきたのでしょう!
「悪魔のようじゃないか!」
男がさっと顔色を失いました。
とうとう恐れていたことがおきた!
男本人も、自分の角の見た目はそんなによろしいものではないと思っていたのです。
今まで気にしないでもらえて大助かりだったのですが、沢山の人に指差されてはうまいごまかしもできません。
しかし男を助ける声もありました。
「いいや、この人がそんなことはない!」
たちまち町人たちはまっぷたちにわかれて言い争いをはじめました。
声の調子はどんどんあがるばかりで、とうとう甲高く地団駄を踏み始める者も出始めました。
これはいけないと男がなだめ収めようとしましたが、誰も耳をかしません。
町はまっぷたつにわれて大喧嘩がはじまりました。
止めようと男が奔走しますが、これまたうまくいきません。
噂はとうとう王都まで行き着いたようで、王都から軍隊がつかわされ、やって来てしまいました。
軍隊を率いてきた王様は、悪魔が人をおさめるなどけしからん、と町を包囲します。
困り果てたその時、流れの旅人がこう言いはじめました。
「ありゃあヤギの角に違いない。神様がつかわされた、我らを導く角だよ」
あっ、という間に話は広がり、王様と軍隊「なんだヤギか」と帰って行きました。
町はやっと平和を思い出しました。
頭に角の生えた男はその旅人にとても感謝して、お礼を言いました。
「うまくおさまってよかったね」
そう言って旅人は笑っていました。
「何かお礼を差し上げます。私は町長ですから、それなりのものを渡すことができます」
すると旅人は真剣な顔をして、自分の荷物から小さな像を取り出しました。
それはおそろしい、鋭い爪にとがった尻尾を持っている悪魔の像でした。
頭には、大きな大きなヤギの角がありました。
「これを、どこかの神様か守り主ということで嫌われないように広めてくれないか」
旅人があんまりのも真剣だったので男は頷いて像を受け取りました。
途端に旅人は狂喜乱舞して、何度もありがとうを告げました。
「町の守護神ということにさせていただきます。壊されてしまうかもしれませんが」
「ああ、ありがとう!ありがとう!」
男が首をかしげている間も旅人は喜んでいました。
不思議でたまらず、男は聞きました。
「どうしてそんなに喜ぶのですか?」
「それが嫌われなくなれば、私の夢が叶いそうだからさ!」
よくみると、旅人は髪の間に小さな角があり、足元にはとがった尻尾を隠していました。
「あなたは悪魔ですか!」
男は素っ頓狂に叫びました。
「ああそうだとも、だが人になりたいんだ!」
「悪魔は人になれませんよ!」
悪魔はがっくりと肩を落とし顔を手で覆いました。指の合間からは酷い嘆きの言葉がこぼれていました。
助けてもらった恩人をこんなにもしてしまい、男は申し訳なくなりました。
働き者の頭をくるくると動かし、ぱっと閃きました。
男は旅人に笑いかけます。
「悪魔は人になれません」
嘆きは酷くなります。
「ですが、私たちはヤギです」
ニヤリといった男の言葉に、いっとき悪魔はぽかんとしました。
けれどすぐに両手をあげてたいそう喜び、目の前のヤギと神に感謝しました。
その町には町を守る少しばかり恐ろしい像がありました。
富んだ町にはたくさんの人が集まり、二匹のヤギに導かれ、ながくながく豊かになっていきました。