ろうそくドラゴン
職人が王様に献上しようとドラゴンの形をした巨大なろうそくを作りました。
体の鱗の、一枚一枚がわかるように丁寧につくられた胴体。全てを貫きそうな爪と、大空に羽ばたけるような立派な翼。長くどっしりとした尻尾の先には炎を灯す、ろうそくの芯をつけました。
あまりにも精巧にできたせいか、なんとドラゴンは動き出してしまいました。
見上げながら職人は大喜びしました。
「ああ、これは傑作だ! 王様もさぞ喜ぶことだろう!」
蝋でできた白いドラゴンは聞きました。
「王様というのは、ボクの尻尾に火をつけてくれるの?」
「まさか!こんな素晴らしいものはきっと飾っておくに違いない!」
それを聞いてドラゴンは目を丸くしました。
「冗談じゃない!火のつかない蝋なんて白いだけじゃないか!」
ドラゴンは工房の窓を突き破り、外に飛び出て夜空へ舞い上がりました。
翼を動かすと、どんどん空高くにのぼっていきます。
空を飛びながらドラゴンは叫びました。
「誰かボクに火をつけて!」
ある冬、大魔法使いがいると聞いてドラゴンは北へ行きました。
大魔法使いはドラゴンの言い分を聞くと、首を横にふりました。
「こんな立派なものを燃やすなど、わしはできん!」
ドラゴンはがっくりと肩を落として空に舞い上がりました。
ある春、美しいお姫様がいると聞いてドラゴンは西へ行きました。
お姫様はドラゴンの言い分を聞くと、首を横にふりました。
「ああ、こんな美しいものを溶かしてしまうなんて、できません!」
ドラゴンは尻尾を垂らしてお姫様を後にしました。
ある夏、火吹きの名人がいると聞けてドラゴンは南へ行きました。
しかし名人はドラゴンを見るなりひっくりかえって目を回してしまいます。
つついてもおきませんでした。
ドラゴンは首を垂らして、夕闇の中を歩きました。
「誰かボクに火をつけて!この尻尾の先を明るくして!」
ドラゴンがとぼとぼと夜道を歩いていると、道のはしでうずくまっている少年がいました。
「どうしたんだい」
上のほうから声をかけたドラゴンに、少年は言いました。
「明かりがなくて怖いんだ。家に帰れないよ」
ドラゴンは逃してはいけないチャンスだ、と飛び上がって喜びたいのをがまんしてゆっくり言いました。
「それならボクの尻尾に火をつけるといいよ」
少年はびっくりして目を丸くして問いかけました。
「でも、火をつけたら尻尾が焼けて痛くないの?」
「痛くないよ、蝋だからね」
少年はそれもそうだと頷いて、ポケットからマッチを取り出しました。
火をつける前にもう一度問いかけました。
「なら、火をつけたら溶けちゃわないかい?」
「構わないよ。ボクはそのために居るんだ」
少年はマッチをすって火をつけると、それでドラゴンの尻尾に火を灯しました。
尻尾の火は大きく輝いて道を照らします。
「わあ明るい。これなら何もこわくないよ」
「それはよかった!」
自分の家はこっちなんだ、と少年が言います。
ドラゴンと少年は並んで歩き、少年の家に帰りました。
小さな家には庭がありました。
ドラゴンはその庭に住むことにしました。
少年が夜道を行くときは一緒についていき、夜遅くになると迎えに行きました。
何十回と少年の夜道を照らすうちにドラゴンはだんだん小さくなっていきます。
ドラゴンの体は蝋でできているので、当たり前のように火を灯している間に少しずつ減っていきました。
少年がすっかりおじいさんになる頃、とうとうドラゴンは手のひらより小さくなってしまいました。
おじいさんの手のひらの上でドラゴンは言います。
「ああ、ボクはもうすぐ溶けてしまうけれど、しあわせものだよ」
「どうしてだい?」
しわくちゃの顔で少年は微笑んでいます。
「ボクはずっと君が転ばないように。怪我をしないように。迷わないように、夜道を照らしていられたよ」
尻尾の火はちらちらと揺れています。
「それにロウソクにしては随分と長持ちだった!」
小さなドラゴンは胸を張りました。
「だからちゃんと最後まで使ってね」
少年の手に蝋が一粒ぽとりと落ちました。
空が夕闇にそまっていく中で、その二人まわりは明るいままでした。