温かい手を掴んで 第9話
──── 玲奈 ────
7時を過ぎているためか、周りは真っ暗だった。
というより全然周りに人が見えない。人っ子一人いない。
怖い。
思わず体が震えた。夜の闇はなんとなく何か出そうで、この年になってもそれは変わらず頭に染み付いている。
この闇の中に飲み込まれてしまうのではないかと───。
しかも最近はストーカーが私を見ていると気づいてしまったから尚更だ。
大丈夫。誰もいやしないわ。こんなところに人なんて───。
ふと歩くスピードをあげる。男のストーカーに気づいてからの癖だ。
耳を澄ませても後ろから足音は聞こえない。
よかった。このまま何も起きなければあと10分ほどで家に着く。
安堵して顔をあげると塀に男がもたれかかっていた。
息が止まるかと思った。
その男の周りの空気が、闇と同じように感じて───。
鞄の取っ手を掴む。その指が頼りなく震えた。
その男の前を通り過ぎる。
安心して体の力を抜く。
────と腕を掴まれた。
「────っ!?」
「久しぶり玲奈ちゃん」
「だっ誰っ!?」
「覚えてない?駅前で会ったじゃん」
「え…」
″モデル?″
″そう!!やってみない?″
あの時の───!!
「な、なんですか」
「手紙、読んでくれたんだね。ちゃんと覚えててくれて嬉しいよ」
「なっ何言って…っ」
「ね、あいつと関わりを断ってくれたのは俺のためだよね」
「は!?」
「ありがとうじゃあ俺はやっと君に」
掴まれている手に力が入る。
「やっと触れられる」
「……!?」
引っ張られて抱きしめられる。
背筋に悪寒が走る。
「やっやだ!!離して…っ!!」
「玲奈…」
体が硬直する。振り解きたいのに力が入らない。唇が動かない。声が出ない。恐怖に呑まれた。
「………っ」
手が頬に動いた。
″玲奈″
晃の声が響いた。まったく人が人を想う気持ちは恐ろしい。会いたいという衝動が体の奥底から突き上げてきた。
会いたい。晃。
私はこんな奴に犯されるつもりはない。
唇を強く噛む。口の中に血の味が広がった。それを飲み下す。
戻ってきて。この体は私の物よ!!誰にも好き勝手させない!!
鈍い痛みによって段々体の感覚を取り戻していく。
フッと体の力を抜く。男の力が少し緩んだ。その瞬間をついた。
力任せに突き飛ばす。
「うわっ」
男が地面に倒れ込む。
「ふざけないで!!私はあなたのために晃と関わらなかったわけじゃない!!」
男の体が震える。
走って逃げる。後ろから追いかけてきているのがわかった。
怖い。捕まったらどうなってしまうのか。その想像をかき消すように走ることに集中する。
腕を掴まれた。
「っ!!」
息を呑むような悲鳴が口から零れた。
男の方に体を向けさせられる。首に指が絡まった。絞められていく。
「~~~~っ」
気道がひしゃげて息ができない。
晃…っ!!男の手を掴んで首から外そうとする。
周りの景色がぼやける。息ができず、涙が出た。
助けて…。もう一度晃に会いたい。このまま晃に会えないなんて…。
今、私にとって一番残酷なこと。
手を伸ばす。何を掴むでもなくその手は力なく垂れた。
あきら。口だけ動かして呟いてみる。声は出なかった。
「何してんねんおっさん!!」
急に視界から男が消えた。膝から崩れ落ちる。肺に酸素が入ってきた。確かめるようにして息を吸い込む。今の声───。
「玲奈!!」
「晃…」
涙で視界が滲んでいたが、それでもわかった。
晃が男を後ろから抱え込んでいた。男を放る。
「あんた今何しようとしてたんかわかっとるんか!!」
「玲奈に触れようと…」
「ちゃう!!殺そうとしてたんや!!殺人やぞ!!」
晃の声を聞いて周りの家からちらほらと人が出てきた。
「違う、玲奈に、触れようと」
男の手が私に伸びる。
その言いようのない恐怖に体が強張った。
晃が男の手を掴んで捻りあげた。
「うっさいわボケ!!玲奈に触んな!!」
周りにいた一人が晃に話しかけた。
晃がそれに応えるとしばらくして警察が駆けつけた。
地面に座り込んでいる私に晃が声をかけた。
「玲奈、大丈夫か?」
「…うん…」
体が震えている。殺されそうだった。殺意を感じた。
「…ごめん…やっぱり無理矢理にでも玲奈に話しかけとくんやった」
その言葉に反応する。
「無理矢理…?」
「俺んとこにも手紙きてな。今日らへんになんかしてくるかもて思っとったんや」
「…そう、なの…」
「ごめん。守られへんかった。気付いとったのに 」
「別に、いいの…」
そばでしゃがんでいる晃の手を握る。
会えた。もう一度。涙が頬を伝った。ゆっくりと晃の手が背を撫でる。
「会えたから、いいの…」
晃の胸に顔をうずめた。晃の手が静かに私の肩を包んだ。
今回で終わるはずでしたが、思ったより長く、明日まで続きます!!