③
放課後。
とは言っても、今日は一年間の行事説明や、授業のカリキュラムの説明だけで学校が終わったので、時間はまだ11時を少し回ったところだ。
俺は神月に指定されていた待ち合わせ場所である、中央公園に向かう。
俺としては、学校で待っていてもいいんじゃないかとも思ったのだが、神月が言うには「クラスによって説明内容が違うから、終業時刻がまちまち」、らしい。
学校から中央公園へは徒歩10分程度。
俺は朝に通った並木道を再び通る。
季節はすっかり春といった感じで、温かい風が心地よい。
しばらくして、中央公園に到着した。
中央公園は遊具がある場所や、サイクリングコース、広場があり、結構な広さがある。
東京ドームなんて行ったことはないから分からないが、推察するに東京ドーム一個分ぐらいの広さはあるんじゃないだろうか。
確か神月は、俺と神月が初めて会った場所……つまり、神月が例の黒い奴らに襲われていた所で待っていてくれと言っていたな。
中央公園に来るのはこれが二回目だし、あの時は夕方だったので印象も結構違う。そのため、正直言ってあの場所がどの辺りだったかはっきりとは覚えていないが……。
おぼろげな記憶を頼りに、中央公園内を進んでいく。
見覚えのある景色に差し掛かったところで、神月を見つけた。
神月はベンチに腰を掛け、顎を上げて空を観ている。
俺は無事に合流できたことに安堵しつつ、神月に話かけた。
「よう」
「……おー、来たね」
「早かったんだな、待たせたか?」
「いや、そうでもないよ」
そう言って神月は腰を上げ立ち上がる。
「それじゃあ新谷君、行こうか」
「……どこにだ?」
「喫茶店。立ち話もなんだからね。それに紹介したい人がいる」
「紹介したい人?」
「まあ、それは行ってみてからのおたのしみー、ってことで」
そう言って神月は歩き出す。
俺も慌てて神月を追いかけ、並んで歩く。
「その喫茶店ってのはどの辺りにあるんだ?」
「商店街だよ。まあここから大体15分も歩けば着くんじゃないかな」
「結構歩くな……」
「いいじゃないか、市内観光だとでも思えば。それより、学校はどうだったかい?」
「ん? ああ、まあなんとかやっていけそ──」
そこで、思い出した。
──あいつ、中学生の頃暴力事件を起こしたって噂があってさ。
「……」
「? 新谷君、どうした?」
「……いや、古い学校だって聞いてたが、結構設備は新しかったな」
「ああ、なんでも去年校舎を改修したらしいぞ。ラッキーだったな私たちは!」
そう言って神月は楽しそうに笑う。
暴力事件、か。
俺の脳裏に浮かぶのは、忘れたかった記憶。
……嫌なこと思い出しちまったな。
そうして、俺達は主に学校のことについて話しながら歩き続けた。
神月に、何か部活動には入るのかと聞いたら、「心霊現象研究会だ!」という返答が満面の笑みと共に返ってきた。
……そりゃまたえらいもんに入るんだな、と俺が言うと、「新谷君にも入ってもらうことになるかもしれないぞ?」と神月は笑顔を崩さずに言う。
……遠慮したいね。
俺がそう言うと、神月はまた笑った。
◆
商店街に到着。
町の商店街と言うと、シャッター街になっていてもおかしくないこのご時世で、守上市の商店街は驚くほど活気に溢れていた。
八百屋とよくあるテンプレ会話をする主婦を見るのはドラマ以外じゃ初めてだ。
それに、昼飯前に学校が終わったということもあり、同じ西ノ岡高校の生徒も確認できる。
「……それで、その喫茶店っていうのは……」
「こっちだ」
俺が言い終わるが早いか、神月は俺の袖をひっぱり路地裏に引きずり込む。
「ちょっ」
「気をつけないと、転ぶぞ」
俺達は、一列になって路地裏を進む。
時刻は正午あたりのはずだが、日の届かない路地裏は嫌に薄暗い。
大体こういうとこには……と思った矢先、目の前の神月の歩みが止まる。
まさか……神月の肩を通して前を見る。
不良少女Aがあらわれた!
コマンド?
そこには、いわゆるヤンキー座りで、背中を片側の建物に預け、ショートヘアを金髪に染めた、「いかにも」な女子高生がいた。
これでタバコでも吸っていようものなら、まさに絵に書いたような不良だったのだが、幸か不幸か、そうではなかった。
その不良少女もこちらに気がついたようで、ゆっくりと立ち上がると、こちらに近づいて来る。
面倒臭いことになる前に神月を連れて引き返そうか──そう思った瞬間、その不良少女は口を開いた。
「姐さん!お疲れ様です!」
そう言って、神月に深々とその少女は頭を下げた。
唖然とする俺を置き去りに、神月は小さく頷くと、
「うん、なっちゃんもご苦労様」
そう返事をした。
アネサン?神月が?この不良の?
どんな冗談だよ……。
その「なっちゃん」と呼ばれた不良少女と神月を見比べる俺。
背丈は俺や神月より一回り小さい。
よく見ると、その少女は上着を脱いでYシャツ姿にはなっているが、西ノ岡高校、一年生の制服だ。
あれ?ってことは俺達と同年代のはずだよな……?
俺がその少女を見ながら考えていると、その視線にその不良少女も気がついたようで、俺と目が合う。
「姐さん、その後ろのが、あの話の男っすか……?」
「そうだよ。なっちゃん、こちら新谷真君」
「……どうも、新谷です」
紹介されたようなので、とりあえず挨拶しておく。
もしかして、神月の言っていた、俺に「紹介したい人」とはこの子のことなのだろうか?
その「なっちゃん」は、俺を一瞥しただけで、何も言わない。
「新谷君、この子はなっちゃ……夏乃愛ちゃん」
「姐さん、『なっちゃん』はやめてくださいって言ってるじゃないすか……」
「いいじゃないか。それよりなっちゃん、桜井さんは?」
「もう店にいらっしゃいますよ、こちらっす」
そういって夏乃は俺達を先導するように歩き出した。
入り組んだ路地を進んでいく途中、夏之は度々振り返り、俺に警戒するような眼差しを向ける。
そういえば、夏乃は神月との会話の中で、俺のことを「あの話の男」と言っていたな。
神月はもう俺の話をしていた、ということだろうか。
明らかに俺は夏乃に危険人物のような扱いをされているんだが……。
神月は俺のことをどんな風に言っていたんだろうか。
……少し、いや……かなり気になるな。
そんなことを考えていると、夏乃と神月の歩みが止まった。
どうやら、目的地についたようだ。
「コーヒーショップ……『夜奈』?」
俺がドアの横に立っている小さな看板を読み上げると、夏乃がドアを開いた。
「さ、姐さんどうぞ」
「ありがとう」
神月はドアを開いている夏之に礼を言うと、店の中に入る。
俺も、神月の後に恐る恐る続く。
夏之の突き刺さるような冷たい視線を背中に感じながら店の中に入ると、まず目に付いたのは、
「あら~理沙ちゃんいらっしゃい」
ウェーブさせた長い髪に、細身だが出るところは出た体、やわらかく、それでいて落ち着いた大人の雰囲気を感じさせる容姿……とんでもない美人だった。
と、俺がしばしの間フリーズしていると、
「痛っ!」
ふくらはぎを後ろから夏乃に蹴られた。
「早く進めよ、ヒョロ蔵」
「ヒョ、ヒョロぞ……」
俺は夏乃に言い返そうとするが、美人さんに遮られる。
「こらこら、夏乃ちゃんだめでしょ。お客様にそんなことしちゃ」
「……はい」
意外にも、夏乃はおとなしく従う。
……殺意のこもった視線を感じるのには変わりがないのだが。
「ごめんなさいね、夏乃ちゃん、人見知りだから。私は水原雅。よろしくね」
「えっと……新谷真です」
「真くん?いい名前ね」
水原さんはそう言ってニコニコ笑う。まるで子どものような笑顔だった。
この人、一体何歳なんだろうか……。
「ああ、理沙ちゃん。桜井さんなら、奥の座席に座って待ってらっしゃるわ」
「そうですか、ありがとうございます」
その言葉を聞いて、俺は改めて店内を見渡す。
中は意外と広く、カウンター席に、四人掛けのボックスシートが二つという店装だった。
その奥のボックスシートに座っている男が一人。あの人が「桜井」という人物なのだろうか?
「それじゃ新谷くん、こっちだ」
「あ、ああ」
俺達はその座席へと向かう。
座っている男が顔を上げ、俺達を見上げる。
年齢は二十代半ばといったところだろうか、端正な顔立ちをした黒髪の男だ。
「神月、ご苦労だったな」
「いえ」
「それで……君が新谷くんか」
そう言ってその男は俺の方を見る。
まるで、心の奥まで見透かされるのではないかと思うほど、ナイフのように鋭い視線に、体が強張る。
「まあ座ってくれ。神月と夏之は悪いが席を外してくれないか」
わかりました、と神月。了解っす、と夏乃。
俺は緊張したまま、男の向かい側に座る。
「もう聞いたかもしれないが、私の名は桜井だ」
「……はい」
「すまないね、こんな所に呼び出してしまって。だが、こういう話はここでしかできないんだ」
「いえ……大丈夫です」
「神月からある程度のことは聞いたよ。だが、君の口から直接聞きたい」
そう言って桜井さんは再び俺の目を真っ直ぐ見つめる。
「君には、“アクイ”が見えていたんだな?」
ぐぬぬ