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役立たずの聖女と呼ばれて追放されたけど、私の蝋燭は他人の願いを叶える灯でした~願灯屋にて~

作者: uta
掲載日:2026/07/04

「お前のギフトは“蝋燭一本灯すだけ”だ。聖女失格、教会から出ていけ」


大神官オルドリックの声が、白い大聖堂に冷たく響いた。


わたし——火野陽向、この世界での名はヒナタは、静かに頷いた。


「……はい。ではこの国の“灯”、全部持っていきますね」


一瞬、場が静まり返る。


「……なんだと? 何を言っている、小娘が」


「いえ、こちらの話です。お気になさらず」


意味が分からなかったのだろう。豪奢な祭服に身を包んだ老人は、ただ眉をひそめただけだった。


この世界では、誰もが【ギフト】を授かる。攻撃力、治癒力、豊穣——派手な力ほど尊ばれ、教会や冒険者ギルドがその数値を測り、人の価値を決める。


わたしが授かったギフトは【点灯ライトキャンドル】。


鑑定の結果は、たった一行。


『小さな蝋燭を、一本灯す』


それだけ。


最弱判定。聖女候補として召喚されたのに、「ハズレ」と笑われた。


「蝋燭一本灯すだけのお前に何ができる。役立たずが、よくもまあ聖女を名乗れたものだ」


金髪碧眼の第二王子レオンが、隣で美しい顔を歪めて吐き捨てた。その腕には、桃色の髪の聖女ミレーユが寄り添っている。本物の治癒ギフト持ち。教会の期待の星。


「ええ、名乗った覚えはありませんけどね。勝手に召喚して、勝手に祭り上げて、勝手に捨てる。手際がよろしいこと」


「減らず口を……っ。ミレーユのような本物の聖女とは、格が違うのだ」


「……レオン様。もう、その辺で」


意外なことに、止めたのはミレーユだった。


「ミレーユ? なぜお前が止める。こんな最弱ギフトの女、庇う必要などないだろう」


「……いえ。なんでもありません。早く、追い出してしまいましょう」


ふと、その横顔を盗み見て、わたしは思う。


(へえ……この子、本当はわたしを見る目が違うのね。怖がってる。何を、そんなに)


なるほど、と思う。


わたしは前世、緩和ケア病棟の看護師だった。


(最弱判定って言われても……わたしの患者さんたち、みんな笑って逝けたんだけどな)


心の中だけで呟いて、わたしは深く頭を下げた。


「お世話になりました」


喚かない。縋らない。


だって、知っているから。


この【点灯】の、本当の意味を。


『灯した者の、最も切実な願いを、本人が自覚するまで静かに照らし続ける』


派手じゃない。攻撃もできない。病も癒せない。


でも——消えそうな人の心を温める火だって、ちゃんと力なんだ。


「ふん。せいぜい野垂れ死なないことだな、最弱の聖女様」


「ご心配なく。死ぬのも、生きるのも——わたしは、ずっとそのそばにいた仕事ですから」


わたしは踵を返した。


背中に、王子の嘲笑が刺さる。けれど振り返らなかった。


さようなら。


あなたたちが捨てたものの価値を、いつか思い知る日まで。


——その日のうちに、追放は執行された。


わずかな荷物と、一本の蝋燭だけを抱えて、わたしは王都の城門をくぐる。


夜だった。


石畳を踏む音だけが、やけに大きく響く。


……正直に言えば、心細くないわけがない。


異世界に召喚されて、聖女と祭り上げられて、用済みとばかりに放り出された。前世の知識も、ここでは何の保証にもならない。


でも、と思う。


前世でも、わたしはいつもそうだった。


手の施しようがないと言われた病室で、それでもできることを探していた。痛みを和らげること。話を聞くこと。手を握ること。


「何もできない」なんて、嘘だ。


人にできることは、いつだって、ある。


ふと、立ち止まる。


城門を出る間際、わたしは無意識に手のひらをかざしていた。


ぽっ、と。


小さな炎が灯る。


——この国の人たちに。


誰にともなく、そう願った気がする。


あなたたちの本当の願いが、いつか叶いますように、と。


炎が、ふわりと夜風に揺れて——消えた。


そして。


振り返って見上げた王都の街並みに、わたしは息を呑んだ。


家々の窓辺に、無数の小さな灯がともっていた。


ひとつ、ふたつ、みっつ——数えきれない。


まるで、星が地上に降りたみたいに。


誰も気づいていない。あの灯がわたしの【点灯】だなんて。


あれはきっと、この街の人たち一人ひとりの胸の奥に眠る、本当の願いの灯。


わたしは小さく笑った。


「……さて。この国の人たちの本当の願い、わたしが全部知っちゃってるんだけど——いいのかな、追い出して」


返事をする者は、誰もいない。


ただ、無数の灯だけが、わたしの背中をそっと照らしていた。


──────────


辺境の町、リンドルム。


地図の端っこにある、寂れた宿場町だった。


馬車を乗り継ぎ、徒歩で峠を越え、たどり着いた頃にはすっかり日が暮れていた。


冒険者ギルドの片隅に、使われていない小さな空き部屋があると聞いて、わたしはそこに転がり込むことにした。


そうして、看板を出す。


手書きの、不格好な木の板。


『願灯屋』


「願いを灯す店、ねえ」


通りすがりの冒険者が、胡散臭そうに眺めていく。当然の反応だ。


でも、わたしには確信があった。


この力は、きっと誰かの役に立つ。


最初の客は、三日後にやってきた。


茶髪の青年剣士。名前はカイル。


拳を握りしめ、いつも何かに耐えるような顔をした若者だった。


「あんた、願いを叶える聖女だって?」


「いいえ。叶えるんじゃありません。照らすだけです」


「……は?」


わたしは彼の手のひらに、蝋燭を一本灯した。


ぽっ、と小さな炎が揺れる。


その瞬間——わたしの目に、彼の“本当の願い”が視えた。


炎の揺らぎの中に。


「カイルさん。あなた、魔物討伐に何度も挑んで、失敗し続けてるんですよね」


「……っ、なんで、それを」


「弟さんの、仇のため……って、自分に言い聞かせてる」


青年の肩が、びくりと震えた。


「でも、違いますよね」


わたしは静かに、彼の目を見つめた。


看取りの現場で、何百回と交わしてきた、本当の言葉を引き出すための問いかけ。


「あなたが本当に欲しいのは——弟さんを守れなかった自分を、許すこと。そうじゃないですか?」


炎が、ゆらりと大きく揺れた。


カイルの瞳から、ぼろりと涙がこぼれ落ちる。


「……ずっと、ずっと……死にたかった。あいつを守れなかった俺が、なんで生きてるんだって……っ」


「生きていて、いいんです」


わたしは、彼の震える手をそっと握った。


「弟さんは、あなたに死んでほしいなんて、思ってない。それだけは、わたしが保証します」


その夜、カイルは初めて、声をあげて泣いた。


蝋燭の火は、彼が泣き止むまで、静かに灯り続けていた。


——この力は、間違ってなんかいない。


わたしは、そう確信した。


──────────


「報酬は規則通りだ」


低く、硬い声だった。


銀灰色の髪に、氷のように青い瞳。長身で、頬には古い戦傷。


冒険者ギルドのギルドマスター、グレン。


氷狼族のSランク。新人冒険者が震え上がると噂の、冷酷将軍のごとき強面だ。


「店の場所代だ。きっちり払ってもらう」


「はい、ちゃんとお支払いします。……あの、でも」


わたしは、彼の足元をちらりと見た。


「猫、抱えてますよ」


グレンの腕の中で、小さな子猫がにゃあと鳴いた。


「……拾った。雨に濡れてた」


「優しいんですね」


「うるさい。早く家賃を払え」


ぷいと顔を背けて、彼は去っていく。


その背中を見送りながら、わたしは小さく笑った。


町の人に聞けば、すぐに分かった。


グレンは、孤児院に毎月こっそり寄付をしている。匿名で。


町の捨て猫を、全部拾って育てている。今、家には七匹いるらしい。


口を開けば「規則通り」しか言わないくせに、誰よりも情が深い。


そんな彼が、ある雨の夜、わたしの店の戸を叩いた。


「……灯してくれ」


ぶっきらぼうに、彼は手を差し出した。


わたしは黙って、蝋燭を一本灯す。


炎が揺れて——わたしは、息を呑んだ。


そこに視えたのは、あまりにも切実な願いだった。


「グレンさん」


「言うな」


「……戦友の、お墓ですね」


彼の肩が、わずかに揺れた。


「誰も看取れなかった。戦場で、置いてくるしかなかった。せめて——もう一度、あいつの墓に、花を供えたい」


氷のような男の声が、初めて掠れた。


「叶わない願いだ。墓がどこにあるかも、もう分からん」


「いいえ」


わたしは首を振った。


「叶わない願いなんて、ありません。形を変えてでも、必ず」


炎が、温かく揺れる。


グレンは長いこと、その火を見つめていた。


そして、ぽつりと。


「……お前の店、戸締まりが甘い。今度見に来る」


「えっ」


「猫が一匹増えた。お前のせいだ」


「なんでですか!?」


不器用すぎる男の背中が、雨の中に消えていく。


わたしは、なんだか胸が温かくなって——


そっと、自分の手のひらを見つめた。


……この火は、本当に、いろんな人の心を照らすんだなあ。


そんなことを、思いながら。


──────────


「願灯の聖女」の噂は、辺境からじわじわと広がっていった。


そして——王都へと、逆流していった。


ある日。


願灯屋の扉を蹴破る勢いで飛び込んできたのは、見覚えのある金髪の男だった。


第二王子、レオン。


かつてわたしを「役立たず」と嘲笑い、追放した張本人。


その美しい顔は、見る影もなくやつれていた。


「ヒナタ! 頼む、王都へ戻ってきてくれ!」


わたしは、お茶を淹れる手を止めなかった。


「それで?」


「それで、じゃない! 王都で、疫病が……っ、ミレーユの治癒でも、間に合わないんだ! 人がどんどん死んでいく!」


「蝋燭一本灯すだけの、わたしの力が?」


レオンが、言葉に詰まる。


わたしは、ようやく顔を上げた。


怒鳴りはしない。声も荒げない。


ただ、静かに。


「ミレーユ様の治癒は、肉体しか治せない。だから、心の折れた病人には届かない。——絶望した人たちが、自ら死を選んでいる。そうですよね」


レオンの顔が、青ざめた。


「な、なぜそれを」


「分かりますよ。わたしは前世で、ずっとそういう人たちのそばにいたから」


茶器を、そっと置く。


「治らない病で、心が折れて、生きる意味を見失った人たちを。何百人も、看取ってきたんです」


わたしは、まっすぐにレオンを見据えた。


「あなたたちが捨てたのは——“役立たずの蝋燭”じゃない」


一拍、置く。


「人の心に、火を灯す。たった一つの、本物でした」


レオンが、その場に崩れ落ちた。


「……俺は」


震える声で、彼は呟く。


「俺は、なんてことを……っ」


わたしは、彼を責めなかった。


ただ、立ち上がる。


「行きます。王都へ」


「ヒナタ……!」


「勘違いしないでください。あなたのためじゃない」


コートを羽織りながら、わたしは振り返った。


「まだ消えていない、たくさんの灯のためです」


追放の夜、わたしが無意識に王都中に灯した、無数の願いの火。


あれは、まだ——消えていない。


人々の胸の奥で、かすかに、けれど確かに、灯り続けている。


なら、わたしのやることは一つだ。


その火を、もう一度、繋ぎ直す。


「行きましょう。グレンさん」


「言われなくても、ついていく」


いつの間にか戸口に立っていた氷狼の男が、剣を担いだ。


腕には、子猫が一匹。


「……猫は置いていってください」


「こいつも王都に用がある」


「ないでしょ!」


こうして、わたしは王都へと戻ることになった。


かつて、わたしを捨てた場所へ。


──────────


王都は、死の匂いに沈んでいた。


疫病で倒れた人々が、治療院に溢れている。


だが、その目はどれも虚ろだった。


体は治療を受けても、心が死んでいる。


生きる意志を、失っている。


「ヒナタ……」


治療院の中央で、桃色の髪の聖女が、ふらりと立ち上がった。


ミレーユ。


憔悴しきった顔で、彼女はわたしを見つめた。


「あなたが……来てくれたの」


かつて、わたしを「役立たず」と罵った人。


でも今、その瞳には、棘なんてどこにもなかった。


あるのは、ただ深い、無力感だけ。


「わたしの治癒は、体しか治せない。何度治しても、みんな……心が折れて、また倒れてしまうの。わたし、もう、どうしたらいいか……」


わたしは、彼女のそばへ歩み寄った。


そして、その手のひらに——蝋燭を一本、灯した。


ぽっ、と。


ミレーユの目が、大きく見開かれる。


「これ……この火、わたし、知ってる……」


炎が、揺れる。


わたしには視えた。彼女の願い。そして、彼女の過去も。


「ミレーユ様。あなたは、ずっと前に——わたしの蝋燭に、救われたことがありますね」


彼女の頬を、涙が伝った。


「……うん。聖女に選ばれる前。誰にも期待されなくて、消えてしまいたかった夜に。どこからか、窓辺に小さな火が灯って……それで、わたし、もう少しだけ頑張ろうって、思えたの」


ぼろぼろと、彼女は泣き出した。


「だから、あなたのギフトを見たとき、分かったの。これは、わたしを救った、あの火だって。わたしの治癒なんかより、ずっと……ずっと、本物だって」


「ミレーユ様……」


「怖かったの。羨ましくて、怖くて。だから、ひどいことを言った。あなたを追い出すのに、賛成してしまった。……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……っ」


わたしは、彼女の手を握った。


「謝らなくて、いいんです」


そして、微笑む。


「一緒に、やりましょう。あなたの治癒と、わたしの灯で。きっと、この人たちを救えます」


わたしは治療院の中央に立ち、手をかざした。


人々の胸の奥に、かすかに残る願いの灯。


それを——繋ぎ直す。


ひとつ、ひとつ。


消えかけた火に、息を吹き込むように。


「あなたの願いは、まだここにあります。だから——生きてください」


すると。


虚ろだった人々の目に、ゆっくりと光が戻り始めた。


「……ああ、そうだ。俺はまだ、娘の結婚式を見ていない」


「私……もう一度、畑を耕したい」


「孫の顔が、見たい……」


生きる意志が、よみがえっていく。


その瞬間、ミレーユの治癒の光が——初めて、人々に届き始めた。


体と、心。


両方が癒されていく。


治療院に、温かな光が満ちた。


泣きながら、ミレーユがわたしの手を強く握る。


「ありがとう……ヒナタ……!」


「いいえ。一緒に、救ったんです」


窓の外。


王都中の家々に、再び無数の灯がともっていた。


それは、人々が生きることを選び直した、希望の火。


美しい、光の海だった。


──────────


疫病が収束した後。


王宮の大広間で、レオン第二王子の処遇が言い渡された。


「レオン。そなたは、国を救う力を持つ聖女を、私的感情のみで追放した」


国王の声が、冷たく響く。


「その結果、疫病蔓延による国家の危機を招いた。——よって、王位継承権を剥奪する」


レオンは、何も言い返せなかった。


かつての傲慢さは、もうどこにもない。


ただ青ざめて、うなだれるだけ。


その傍らで、大神官オルドリックもまた、震えていた。


「ギフトの数値こそが、信仰の証……そう信じてきた。だが、その数値は、国を救えなかった……」


旧い価値観が、音を立てて崩れていく。


わたしは、その光景を静かに眺めていた。


断罪に、快感がないと言えば嘘になる。


でも、それ以上に——むなしさのほうが、大きかった。


すべてが終わった後。


レオンが、わたしのもとへ歩み寄ってきた。


「ヒナタ。最後に、一度だけ……灯してくれないか」


わたしは、少し迷った。


けれど、断る理由もない。


彼の手のひらに、蝋燭を一本、灯した。


ぽっ、と。


炎が、揺れる。


わたしには視えた。


彼の、本当の願いが。


『ヒナタに、もう一度、認めてほしい』


失ってから、ようやく気づいた願い。


わたしを役立たずと笑い、追放した、その手のひらに——


今さら、わたしを求める火が灯っている。


レオンも、その意味を悟ったのだろう。


顔を、くしゃりと歪めた。


「……俺は」


声が、震える。


「俺は、本当に、大事なものを……失ってから、気づいたんだな」


わたしは、静かに首を振った。


「その火は、もう、あなたには届きません」


冷たく突き放すのではなく。


ただ、事実として。


「願いに気づくのが、遅すぎました」


炎が、ふっと——細く、頼りなく揺れる。


それは、二度と叶うことのない願いの、最後の灯だった。


わたしは、踵を返した。


「さようなら、レオン王子」


もう、振り返らない。


王宮の重い扉を抜けると、外には、グレンが待っていた。


腕には、やっぱり子猫が一匹。


「終わったか」


「はい。終わりました」


「……いい顔してる」


「そうですか?」


「ああ。すっきりした顔だ」


春の風が、心地よかった。


背負っていた重いものが、ようやく、降りた気がした。


──────────


わたしは、グレンと共に、辺境の町リンドルムへ戻った。


王都に残ってほしいと、何度も乞われた。


ミレーユも、泣きながら引き止めた。


でも、わたしの居場所は、ここじゃない。


大聖堂でも、王宮でもない。


あの、地図の端っこの、小さな町。


「願灯屋、再開ですね」


不格好な木の看板を、もう一度、軒先に吊るす。


カイルが、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「店主さん、おかえり! みんな待ってたぞ!」


「ただいま、カイルさん」


町の人たちが、口々に言う。


「願灯の聖女さまが、帰ってきた」


「いやいや、聖女なんて柄じゃ……」


わたしは、苦笑する。


世界を救う聖女になんて、なれない。


強大な攻撃力も、万能の治癒力も、わたしにはない。


でも。


消えそうな願いを、一つずつ灯すことなら、できる。


それで、いいんだ。


それが、いいんだ。


その日の夜。


店じまいをしていると、グレンがふらりとやってきた。


相変わらずの強面で、腕にはまた新しい子猫。


「八匹目ですか」


「拾った。文句あるか」


「いいえ、まったく」


わたしは笑って、彼にお茶を淹れた。


そういえば、と思い出す。


「グレンさん。あの後、戦友のお墓、見つかったんですよね」


「ああ。お前が言った通りだった。形を変えて、だったがな」


彼は、ぽつりと語った。


王都での戦いの後、偶然出会った老兵が、戦友の最期を看取っていたこと。


その墓が、ちゃんと建てられていたこと。


「花を、供えてきた」


氷青の瞳が、わずかに和らぐ。


「……お前のおかげだ」


「いいえ。グレンさんの願いが、強かったからです」


窓辺に、小さな蝋燭が一本、灯っている。


その火を、グレンがじっと見つめた。


そして、ふいに——


「ところで、店主さん」


「はい?」


「あんたの蝋燭には、何が灯ってるんだ?」


わたしは、思わず手を止めた。


人の願いは、何百と視てきた。


でも、自分の蝋燭に何が灯っているのか——それだけは、わたしにも分からない。


いや。


本当は、薄々、気づいているのかもしれない。


目の前の、不器用な氷狼の男を見て。


そっと、頬が熱くなる。


わたしは、ふっと火を見つめて、微笑んだ。


「……それは、まだ秘密」


「なんだそれは」


「秘密です」


「気になるだろうが」


「いつか、教えてあげますね。いつか」


グレンが、不満そうに眉を寄せる。


その腕の中で、子猫がにゃあと鳴いた。


窓辺の蝋燭が、ゆらりと、温かく揺れる。


小さな、けれど確かな灯。


消えそうな願いを、一つずつ照らしていく、わたしの火。


——この物語は、まだ続く。


だって、世界には、まだ灯されるのを待っている願いが、たくさんあるのだから。


(『願灯屋にて』シリーズ、つづく)


──────────


【あとがき】


「最強チートより、誰かの心に小さな火を灯せる力の方が、本当は一番強いんじゃないか」——そんな問いから生まれた話です。


グレンの捨て猫は、現在八匹。たぶん、来週には九匹になります。


次話『願灯屋にて〜涙もろい氷狼の場合〜』もよろしくお願いします。ヒナタの蝋燭に灯っているものの正体は、もう少しだけ、秘密にさせてください。

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