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第3話

「リシア、右! 3秒後にそっちに来る!」

「何?! ……っく!」


 ラックの指示にリシアが身を(ひるが)し、剣で敵を弾き返す!


「バルド、氷結魔法だ! そいつは火炎魔法が効かない!」

「むう?! ブリザド!」


 バルドの魔法がクリティカルヒット!

 ワーウルフを倒した!



(……よし、順調だ……!)



 聖板は、ゲームのセーブ&ロードのようなことができるアイテムだった。

 戦闘の前に「コミット」でセーブ。

 失敗したら「ロールバック」で時間を戻す。


 敵の攻撃パターンを覚え、勝利できる道を引き当てるまで何度もやり直す。

 ラックはその戦法で、着実に進軍していった。


(これがあれば、魔王も……!)


「勇者殿、読みが()えておりますね」

「まあ、俺も勇者の(はし)くれだしな!」

「うむ、さすが頭角を現してきよったのお」


 エルマーとバルドは近頃のラックの活躍ぶりに目を細めた。

 ラックも魔王討伐(とうばつ)の旅に自信を持ち始めていた。


「……む、獣の蒼玉(そうぎょく)か? 珍しいものを持っておったわい」

「なんと。高値で売れますよこれは」


 だがその3人の(かたわ)らで、リシアだけが()に落ちない顔をしていた。


「……なんだよ、リシア」

「いや……」


 リシアは剣を下ろしながら言葉を(にご)したが、間を置いた後、重い口を開いた。


「……お前、結局戦ってなくないか?」

「……え?」



 ◇



「確かに、指示は的確だが……後ろで口を出してるだけじゃないか」


(――!)


 リシアの言葉にラックはドキリとした。

 コミットのボタンを押しかけていた手を止め、その聖板の文字に視線を落とす。


 聖板には、これまでのコミット履歴(りれき)がリストとなって残っていた。

 最新の履歴が一番上に積み重なり、過去の履歴が下に並んでいる。


 ――――――――――――

 rev. 148 : ruck――0.47

 rev. 147 : ruck――0.46

 rev. 146 : ruck――0.46

 rev. 145 : ruck――0.46

  …

 ――――――――――――


 だが自分の名前の横にある数字――『0.47』。


 それはラックの勇者レベルのようだった。

 『rev.1』から使い始めたリビジョンも、いまはもう『rev.148』まで積み上がっている。だがそれだけの戦闘を繰り返してきても、ラックの勇者レベルは依然として「1.0」にすら届いていなかった。


「……」


 ラックは黙ってしまった。

 リシアはそんなラックの様子に気づいたのか、気遣う素振りを見せつつ続けた。


「……この先、頭脳戦ばかりというわけにもいかない。どうだ、今からでも私と鍛錬(たんれん)しないか?」


 リシアの誘いにラックは揺れた。


「……。俺は……」


 だが、ラックが口を開きかけた、その時。


 ――ぐにゃり。

 突如、視界が歪んだ。


(――え?)



 ◇



 視界が、音が、身体が歪む。

 世界が一度崩れ、そして再び急速に再構築されていく――



「はっ!」


 気づけば、ワーウルフの鋭利な爪が、リシアの背後に迫っていた。



「――リシア!」

 ラックは叫ぶと同時にリシアを抱え込むようにして横へ跳んだ。


「フシュルルー!」


 ――ビシィッ!


「ぐっ!」


 ワーウルフの爪がラックの腕をえぐる!


 ドサッ!

「ぐうっ!」

「ぐはっ! ……バルドッ、氷結魔法だ!」


 ラックはリシアと共に倒れ込むと、激痛に耐えながら叫んだ。


「ぬぅっ! ブリザド!」


 バルドの氷結魔法! ワーウルフは死滅した。



「いてて……」

「いやはや、致命傷にならずに済んでよかったですね」

 戦闘後、ラックはエルマーのヒールを受けた。


「……すまない、助かった」

 リシアはその様子を見守りながら申し訳なさそうに頭を下げた。


「いや……俺がいつも助けてもらってるし」


 その3人の集まる向こう。


「む? こりゃ獣の蒼玉か。珍しいものを持っておったわい」

 バルドがワーウルフから拾い上げた戦利品を見て声を上げた。


「……え? またさっきと同じアイテムだったのか?」

 聞き返すラック。

 しかし、バルドはそのラックの問いに首を傾げた。

「さっき? はて、このアイテムの入手は初めてじゃが」


「……なんだって?」



 ◇



 その夜、皆が寝しずまるテントの前。

 ラックは一人で火の番をする中、神妙な面持ちで聖板を見つめていた。


 ――――――――――――

 rev.149 : ruck――0.47

 rev.148 : x――238.16

 rev.147 : ruck――0.46

  …

 ――――――――――――


(『rev.148 : x』――これは、俺じゃない……)


 聖板に自分が残した以外のコミット履歴が残っていた。

 だが本来、そこには『rev.148 : ruck』の履歴があるはずだった。


(あの時、俺はロールバックを選択していないのに、時間が戻った)


(俺は、時間を戻されたのか? この『x』に――)

 

 またこれまで見落としていたが、改めて履歴を(さかのぼ)ってみると、以前にも他の者が残した履歴があることにラックは気づいた。


 いままで自分だけが時間を操り、世界の歴史を積み上げているのだと思い込んでいた。だが、他にもこの操作を行っている者がいたのだ。


(幸い、その後もコミットはできたけれど……)


 ラックの額を冷たい汗が伝った。

 今日の出来事は、魔王がどんな強敵であろうと、何度もやり直せばいつかは倒せるのじゃないかと楽観していたラックの思惑に「NO」を突きつけるものだった。


 そして、ラックの中のもう一つの気懸かり。『0.47』の数字――




 ……ザリ。




「――!」


 不意に背後で足音がし、ラックは振り返った。


「……リシア」


 後ろにリシアが立っていた。


「……。まだ交代の時間には早いだろ」


 ラックが聞く。リシアはラックの腕の包帯を見つめた。


「……腕は、大丈夫なのか?」

「……ああ、エルマーのヒールが効いてるよ」

「そうか……」


 リシアはほっとした顔をすると、向かいの切り株に腰を下ろした。


 二人の間でぱちぱちと火の粉が舞う。

 リシアはゆっくりと口を開いた。


「……ラック。撤回させてくれ、前に『足手まとい』だなんて言ったこと。あれは……私の間違いだった。きっと、お前にはお前なりの戦い方が……あるんだな」


「……」


 ()き火の向こう。火の明かりに照らされたリシアは、いつもより柔らかい眼差しをしていた。

 ラックにはその瞳が痛く、かわすように聖板に視線を落とした。



(俺は、皆に隠し続けている)


(自分の本当の実力を――)




 ――『今からでも私と鍛錬しないか?』



 時間の巻き戻しと共に消し飛ばされてしまったリシアの言葉。

 ラックはゆらめく炎の前、その言葉を頭の中で反芻(はんすう)しながら、聖板を(ふところ)にしまった。


次で最終話です。

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