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虐げられた末に復讐を終えた王女は、世界で一番幸せな王妃となる  作者: 桜城恋詠
2・敬愛していたお兄様、大嫌いな妹

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復讐の始まり


「あなただって、嫌でしょう? 叩かれたり、傷つけられたりするのは……」


「なぁん」


「早く、逃げ……」


「なおーん!」


「きゃ……っ」


 猫はこちらに向かって、勢いよく飛び上がる。

 自分に攻撃を仕掛けてきたと勘違いしたエクリーユが悲鳴を上げれば、獣は本棚をガタガタと揺らしたあと一冊の本を床の上にボトリと落とすことに成功した。


「にゃーん」


 黒猫は「どうだ」と言わんばかりに威張ると、「褒めて」と言わんばかりにゴロゴロと喉を鳴らす。

 少女は恐る恐る落ちた本の表紙に視線を向け――そして、そのタイトルに驚愕する。


「これ……っ!」


 それは自分がどれほど探しても見つからない、目当ての本だったからだ。

 エクリーユは慌てて分厚い書物を手に取ると、パラパラと流し読みする。


『王家の血を引く子どもは5歳の誕生日までに異能を顕現させる。その兆しが目に見えて現れなかったとしても、知覚できないだけだ。望みを捨ててはならない』


 ある文章を目にしたエクリーユはその文字を愛おしそうに指先でなぞる。


(ああ……。やっぱり、そうなのね……)


 やはり希望を、捨てるべきではなかったのだ。

 少女は口元を綻ばせて喜びを露わにすると、本を大切そうに胸元へ抱きかかえる。


(誰にも文句を言われようとも生き延び、必ずや異能を発現してみせるわ……!)


 その後、その場にしゃがみ込んでこちらをじっと見つめる猫に話しかけた。


「ありがとう。この本を、ずっと探していたの……」


「にゃーん」


「あなたは、とってもいい子ね……」


「んなぁ~」


 お礼を告げたエクリーユは、獣に向けてゆっくりと手を伸ばす。

 嬉しそうな鳴き声を上げた黒猫が、肉球をピトッと細い指先に触れた直後――次女はそこから火傷してしまいそうだと感じるほどの熱を感じた。


「きゃ……っ」


 小さな悲鳴を上げた少女はその場に尻もちをつき、指先から徐々に全身へ向かって轟々と燃え盛る炎が自分に纏わりつく光景を目にして呼吸困難に陥る。


「ひ……っ。ひぃ……っ! う、ぅ……っ!」


 叫べば騒ぎを聞きつけ、兄たちがやってきてしまう。

 どれほど己の身体が火に飲まれようとも、自分でなんとかしなければもっと酷い目に遭うはずだ。


 それがわかりきっていたからこそ、エクリーユは必死に手でそれをかき消そうした。

 しかし――。


(な、なんで、消えないの……!?)


 その行動はなんの意味もなさず、黒髪の毛先まで燃え移る。

 どんなに払い除けようと試みても消失しないなら、どうしようもない。


(焼死も、悪くないわね……)


 抵抗する気力すらもなくなり、少女はゆっくりと瞳を閉じた。


「なぁん」


 しかし――エクリーユが命を落とすことはなかった。


 己の太ももに重りのようなものがのしかかった感覚に大きく目を見開き、生きていると実感したからだ。


「猫さん!? 駄目よ! あなたまで、燃えてしまうわ……!」


 エクリーユは慌てて身体を上下に揺らし、膝の上に乗った獣をふるい落とそうと試みた。

 しかし、黒猫は炎が燃え移る様子もなく、前足を使ってくしくしと毛づくろいをする余裕さえ見せている。


「だ、大丈夫……なの……?」


「なぁん」


「普通の火では、ないのかしら……」


 エクリーユは「心配いらないよ」と甘えた鳴き声を上げる獣に、再び恐る恐る触れた。


「んにゃあ!」


 すると、先程までリラックスしていた黒猫がこちらを威嚇するような声を上げ――少女の小さな手を叩き落とした。


(やり返さなければ)


 ――その直後、己の心に憎悪の炎が灯る。


『やめてぇ、だってよ!』


『ははは! 全部異能を発現できなかった、てめぇのせいだろうが!』


『かわいこぶっても、許してやんねぇ』


 兄たちから寄って集って暴行を受ける。

 思い出したくもない最悪の光景が、繰り返し脳裏に再生された。


『不義の子が……!』


 汚物を見るような父親の視線。


『あなたさえいなければ、私はリシーロを産まなくてよかったのに……!』


 無理やり身体を暴かれたのはお前のせいだと、責任転嫁をしてきた母親。


『王家の恥晒しですわね』


 こちらを小馬鹿にする姉。


『お姉様って、本当に惨め!』


 あとから生まれたくせに、異能を顕現させて何もかもを手に入れた妹─

 ─。


(後天的に異能を発現させて、あいつらを見返してやりたい……!)


 エクリーユの願いに共鳴し、己の身体に纏わりつく炎の勢いが増す。


 しかし、熱さは感じなかった。


(私は、無能なんかじゃないわ……!)


 こうして少女が脳裏に思い浮かんだ噂話を否定すると、すべてを燃やし尽くさんとばかりに燃え盛る火が本棚に燃え移る。


 それがパチパチと弾ける音とともに蔵書が焼かれて灰になる光景を目にし、エクリーユは歓喜した。


(これが、私の異能……! 怒りや憎悪を、炎に変えるのね……!)


 無能と呼ばれた時から、ずっと夢見ていた。

 自分が異能を使える日が訪れることを。


(努力が、報われたんだわ……)


 エクリーユは黒猫から手を離して先代の手記を抱きしめると、恍惚とした表情で燃え広がる炎を見つめた。


(この力さえあれば、迫害されなくて済む。第2王女として、家族に受け入れてもらえるはずよ……!)


 今日は年に一度の家族会議が行われる日でもあり――隣国のレべラゼムで、国王が盛大な生誕祭を開く日でもある。

 彼と親交深いムガルバイトはその式典に出席するため、不在にしていた。


(これは神様が与えてくださった、最初で最後のチャンスなのね……!)


 ほかの兄姉たちから虐げられる自分を守ってくれた、大好きな第4王子を巻き込むことなく復讐できる。


 この千載一遇の機会を、逃すわけにはいかない。


 異能が目覚めたばかりの状態では、誰がどう考えても全員に復讐するのは無理だとわかっている。

 だから、エクリーユはある線引きを設けることにした。


(私を家族の一員として認めてくださるのなら、今までのことは水に流しましょう。けれど、もしも……)


 反省している姿を見せれば、後回しにする。

 だが、今まで通り虐げて来るのであれば――。


(全員自分と同じ苦しみを、味わわせてやるわ)


 第2王女が真紅の瞳に復讐の炎を燃え上がらせる姿を目にして満足したからか。

 身の危険を察知した獣は、トタトタと小さな四肢を動かして燃え盛る書庫をあとにする。


(みんな、喜んでくれるかしら……?)


 炎に塗れた少女は口元に歪な笑みを浮かべると、家族が一同に介する謁見の間へ歩みを進めた。


 *


「皆さんに、とても喜ばしいご報告があるの! 聞いてくださる?」


 家族会議は、王族の血を引く人間しか参加できない。

 不義の子と呼ばれて蔑まれる第2王女が全身に燃え盛る業火を纏わせて会場内に飛び込む姿を目にして、彼らは戦慄した。


「な……っ。お姉様……?」

「なんだ、その姿は……」

「む、無能が……。なぜ、ここに……」


 兄に姿を見せた理由を問われたエクリーユは、この場に不釣り合いな表情をした。

 そう。まる黒百合の花が綻ぶような、不吉で妖艶な笑みを――。


「ようやく、異能が開花したんです。皆様。どうぞ、御覧ください! これが私の力。全てを灰にする、炎よ……!」


 こうして少女は家族の前で異能を顕現させ――復讐の火蓋が切って落とされたのであった。

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