過去の最悪な思い出(3)
――末姫、リシーロが生まれてから5年の時が経つ。
彼女は無事に、異能を顕現させた。
「おお……! 我が娘、リシーロよ……!」
「ああ……っ。よかった……! 姉に似なくて、本当に……!」
「えへへ。お父様とお母様に喜んでもらえて、とっても嬉しいわ!」
エクリーユはその光景を目にして、ますます絶望した。
(あんなにも小さく可憐なのに……。それに比べて、私は……)
美しい白髪と愛らしき桃色の瞳を持つ妹が異能を発現させ、見事に植物を成長させたのだ。
家族はみんなリシーロの虜で、自分を気にしてくれる唯一の存在はムガルバイトだけ。
(これも全部、私が無能だからいけないのよね……)
すべてを末姫に奪われたような錯覚に陥ったエクリーユは、その怒りすら外に出す勇気もなく……。
寂しそうに目を伏せると、「彼らから寵愛を受けたい」と叶わぬ願いをいだくことすら諦めた。
*
――それから2年後。
エクリーユが12歳、リシーロが7歳を迎えた日のことだった。
「早く、王城から消えろ!」
「ごめん、なさい……っ」
家族が寄って集って姉を虐めている姿を目撃した妹は、ムガルバイトと一緒にいない時間を見計らい――長女のスイルと協力して少女を虐げ始めた。
「どうしてこんなのが、わたくしの妹なのかしら? 少しはリシーロを、見習ったら?」
「ええ。お姉様の、言う通りだわ!」
エクリーユのちっぽけなプライドはずたずたに引き裂かれ、屈辱に全身を震わせる。
(お姉様やお兄様だけではなく、年下の妹にも馬鹿にされるなんて……!)
4男とともに過ごした際に感じる幸せでさえも、素直に享受できなくなりつつあった。
そんな中、誰もが寝静まった夜に――次女は末姫の襲撃を受けた。
「ムガルバイト兄様と仲良くなったからって、調子に乗ってんじゃないわよ!」
彼女は自分を後ろから突き飛ばして寝台に横たわらせると、腹部にのしかかる。
怯えるエクリーユの姿などまったく気にした様子もなく、妹は妹は己の異能を顕現させた。
「い、痛……っ」
「植物よ! 姉様の動きを封じなさい!」
「きゃあ……っ!」
無能な少女は、抵抗できぬまま四肢を拘束されてしまう。
「う、く……っ。苦し……っ」
「ふふ……っ。無様ね? 姉様……! もっと、痛めつけてあげるわ……!」
少女は、圧死してしまいそうな錯覚に陥りながら真紅の瞳を苦しげに細めた。
そんな中、月の光に照らされて怪しく輝く鋭利な刃物が末姫の手に握られていると気づき――。
「ひ……っ。や、やめてぇ……っ!」
死を覚悟した。
エクリーユは瞳から大粒の涙を流してリシーロへ助けを求めた。
しかし、嗜虐的な笑みを浮かべる彼女の手は止まらない。
「いやぁ……!」
バタバタと四肢を動かして暴れるエクリーユの拒絶も虚しく、ナイフが勢いよく己の身体に降ろされた。
己の心臓を貫くとばかり考えていた少女は、その痛みに耐えるためにぎゅっと両目を固く閉じる。
しかし、いつまで経っても耐え難い激痛を感じることはなかった。
(なんだか肩が、スースーするような……?)
ゆっくりと瞳を見開けば、こちらをつまらなさそうに見つめる妹と目が合う。
「今日は、脅すだけにしといてあげる。でも――二度目はないから」
折り畳みナイフの尖った部分を収納したリシーロはエクリーユの身体に覆い被さるのを止めると、すくりと立ち上がる。
そして、可憐な桃色の瞳を細めてこちらを脅した。
「今度は、殺すわよ」
暗闇の中で妖しい光を放つ眼光を呆然と見つめる自分の姿を目にしたからか。
彼女は苛立ちを隠せない様子で、姉を拘束していた植物たちに止めるよう指示を出す。
その後、開け放たれた扉から足早に出て行った。
(な、なんで……。どうして、リシーロが……?)
まさか年下の妹に、鋭利な刃物を使って脅されるなど思いもしない。
エクリーユは小刻みに全身を震わせながら、瞳を閉じる。
(あのまま、殺して貰えばよかった……)
命を奪われなかったことに対する安堵や恐怖ではなく、後悔をいだいている時点で――少女の心はすでに、壊れてしまっているのかもしれない。
(抵抗なんてしなければ、楽になれた……?)
生きていても、苦しい思いをするだけだ。
ならばさっさと終わらせて、楽になりたい。
そう思うのに、恐怖が勝ってしまってどうしても既のところで助けを求めるのを止められなかった。
(なんの力も持たず、ただ奪われるだけの自分が……私は大嫌い……)
自己嫌悪に陥ったエクリーユが目元を小さな指先で拭った際、首が左右に揺れる。
その時、いつもよりも頭が軽いことに気づいて愕然とした。
(髪、が……)
――次女はようやく冷静になり、状況を把握する。
寝台には己の腰まで長い黒髪の残骸が散らばっていた。
(あの子はどうして、こんなに酷いことばかりするの……?)
エクリーユはどれほど考えても答えが出ない思考を繰り返す。
その後、彼女が去り際に告げた内容を思い出す。
(このままお兄様と、ずっと一緒にいたら……。私は、殺されてしまう……!)
先程まではそれも悪くないかと考えていたのに、やはり恐怖のほうが勝ってしまうとそんなのは嫌だと言う思いのほうが強まる。
(もう、嫌……っ)
どうして異能の発現は、5歳の時と定められているのだろうか。
努力でなんとかなるのならば、死に物狂いで習得したのに。
自分ではどうにも出来ないせいで、無能の烙印を呼ばれたエクリーユは一生他者に踏み躙られ続ける。
(変わりたい……)
少女は頬を伝って零れ落ちた涙を拭い、赤い瞳に確かな決意を込める。
(皆が私を虐げるのは、自分が弱いからだわ。強くなれば、一目置いてくれる。家族の一員だって、認めてくださるはずですもの……!)
己を奮い立たせたエクリーユは、もう涙を流さない。
誰かに助けを求める弱い自分とは決別するのだと固く誓い、拳を握りしめる。
(――もう、お兄様には頼らない。私は誰の手も借りずに、強くなってみせるわ……!)
恐れるものなど何もないと己を奮い立たせた少女は、人知れず努力を重ねた。
「エクリーユ……」
――ムガルバイトに話しかけられても、徹底的に無視をした。
(ごめんなさい、兄様……)
とてもつらくて心は何度も悲鳴を上げていたが、歯を食いしばり必死に堪える。
――少しでも体力をつけるため、王城内を走り回った。
「姫が走り込みだと!? 変な噂を国民たちに囁かれたら、どうするつもりだ!」
「も、申し訳……」
「口答えをするな!」
「ひ……っ」
「一国の姫たるもの、つねに優雅に気品を持て! そんなんだから、貴様は皆から嫌われるんだ!」
走り込みを目撃した兄に密告された結果、父親から怒鳴りつけられても――けして、エクリーユはそれを止めなかった。
(耐えろ。堪えろ。ここを乗り越えなければ、私は一生搾取され続ける……! そんなの、絶対に嫌……!)
弱いままでは、いつまで経ってもこの地獄から抜け出せないとわかっていたからだ。
あらかた走り込みを終えた次女は――閑散としている書庫の籠もり、ある本を探していた。
(どこにあるのかしら……?)
成人してから異能を発現したとされる先祖の手記を探しているのだが、なぜか見当たらない。
(私に希望を見出されるのが嫌で、誰かが隠しているの……?)
嫌がらせをされているのなら、意地でも探し出すべきだ。
エクリーユは真紅の瞳にメラメラと闘志を燃やし、書庫の隅々まで蔵書に目を通す。
「なぉん」
すると、いつの間にか見覚えのない1匹の黒猫が、資料室の中に入り込んでいると気づく。
「猫、さん……?」
「にゃー」
「フォセティ兄様に見つかったら、大変なことになるわ……」
暴力的な3男の姿を思い浮かべたエクリーユはすぐさまここから出ていくように告げたが、獣は嬉しそうに赤い瞳を細めてその場にちょこんと座った。




